2人乗り
この自粛の中、私はマスクをしてマラソンをすることにした。
目的地は5キロ先。
彼の寮周辺だ。
彼とはもう何週間もあってない。
不要不急の自粛が叫ばれる中、愛しい人にも会えない。
そこを我慢して、ここずっとしっかり自粛していた。
そんな中、彼に異変が起きた。
彼はとても心配症で感染症への恐怖で精神がおかしくなっているという。
時々電話もしているが、精神に異常をきたしているのは明白だった。
心は病み、その延長で動悸が激しくなることも多々あった。
そこで、私はいてもたってもいられず運動という名目で彼に会いに行ったのだった。
毎日自粛で一日に数百歩もあるかない人間が急に5キロも走れるわけなく、15分でもう走れなくなっていた。
だが、自粛を破って彼に会いに行くのだからその道のりは険しくなくてはいけない。
そのため、歩くわけにはいかなかった。
久々に会うのに走って髪はボサボサ。汗で化粧はぐちゃぐちゃ。
香水のニオイも汗で台無しだし、走りやすい恰好でおしゃれもできなかった。
加えて足の疲労に顔は歪んでいる。
そんな中でも彼に会うために走った。
何とか公園にたどり着いた。
彼は既に公園で待っていて、髪などを直す暇もなかった。
隣り合ったベンチの端と端に座った。
彼は涙で目が潤んでいて、「死にたい」といった。
彼は感染症への恐怖で生きる希望を失っていた。
私は何も言ってあげれなかった。
「うん」というので精いっぱいだった。
それからどれくらいの時間が経っただろう。
いつもは冗談を飛ばす彼はストレスで話すことすらままならなかった。
彼は寮で食事を食べるので時間には限りがあった。
もう帰らねばならない時間だ。
寮の前で彼は「帰りたくない」といった。
1人で部屋にいると死にたくなると。
私は彼を自分の家に連れて帰ることにした。
彼は自殺しかねない、そう思ったのだ。
致死率の低い感染症で大げさなとも思えない。
彼は本気で感染症で死ぬことを恐れていた。
動悸が激しくなる彼を1時間も歩かせることはできなかったので、彼は自転車で私は走ることになった。
彼は私と一緒にいることで少し元気が出たようで度々笑顔を見せてくれた。
それだけで走ることができた。
でも、やっぱり普段運動しない一般人が1日に10キロも走れるはずもなく、私は力尽きてしまった。
彼は「後ろに乗れよ」といった。
私は人生で初めて2人乗りした。
久しぶりに彼の体に触れた。
それだけでどれだけ嬉しかったことか。
星が綺麗な夜、絶望の中で2人乗りしたこの夜を私は一生忘れないだろう。
家に着き、彼は「俺は君に守られている」といった。
そんなことはなかった。
精神的に支えられているのはむしろ私で、私こそ彼に守られていた。
互いに守られていると思えるこの関係は何と素敵なものだろう。
彼と過ごせる日はあと何日あるのだろうか。
一日でも長く彼と一緒にいたい。
※この物語はフィクションです。