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A3052の神様(1)

東宮駅西口のネットカフェ「LAGUS」には神様がいる。
しかもその神様に出会えれば、願いを一つ叶えてくれるらしい。
私はそんな馬鹿げた都市伝説を確かめるべく、人生で初めてのネットカフェに入店した。

神様に会うにはいくつかの条件があるらしい。

1、 水曜日の深夜0時にネットカフェに入店すること。
2、 深夜1時にA3052宛てにカレーライスとお稲荷さんを2つ注文する。
3、 深夜2時に2階へと続く階段を3往復し、自分の部屋へと戻る。
4、 深夜3時に2階の一番端にあるA3052に行き、扉をノックする。

必要な条件はこの4つ。
ただこの方法を実際に試して会えたものは数少ない。ネット掲示板では実際に会ったと実況をあげる人がいる一方で、検証するためにライブ配信を回した人達もいるが、そもそもA3052という部屋すら見つけられないでいた。

そんな都市伝説を見つけようだなんて、私の頭はとうとうやられてしまったのかもしれない。
ため息をつきながらも、0.01%はあるかもしれない奇跡を小さく願った。

私がフロントで受け取った伝票にはA1021と印刷されていた。どうやら1階の21番の部屋を割り振られたらしい。
初めて入店したネットカフェで、私は自分の部屋のプレートを見つけるために徘徊した。
その途中ずらりと並んだ漫画棚の前を通り、思わず立ち止まった。
中学生の頃に読みかけていた少女漫画が新刊同様の綺麗さで整頓され、すべての巻数が揃って並んでいた。
そのうちの一巻を取り、表紙を眺める。表紙には主人公の女の子がにこりと笑った絵が描かれており、私は思わずつられて小さく笑ってしまった。
とりあえずこれだけは読みたいと、十巻分を抱きかかえ再び自分の部屋を探し始めた。

ようやくたどり着いた部屋は鍵付きの個室であった。
ネットカフェといえば、もっと小汚く、薄暗がりでじめっとしたイメージがあったが、個室の天井にはライトが設置してあり、十分すぎる広さとデカいパソコンモニターという整いすぎた空間に思わず感動を覚えた。
テーブルの上に漫画と手荷物を置き、私はフラットな黒いシートの床に足を延ばしてゴロンと寝ころんだ。その気持ちよさは、世界の全てがこんな床であればいいのにと思ったほどだ。

天井のライトをぼーと見つめていると、思わず眠気に襲われた。
大きな欠伸をしたのを良いことに、体が勝手に瞼を閉じようとするが、ここにきた目的を思い出すと瞼の重さ無理やり抗い、カッと目を見開いた。

モニターの時間をみるとすでに0時48分を指しており、私は1時になるまでモニターに表示されるカウントを見続けた。カウントが0になった瞬間に、備え付けられていた受話器を手に取り受付へと電話をかける。

「こちらフロントです」
電話に出たのは、とてもフロントには似つかわしくない低い男の声であった。
「あ、あの、注文をお願いしたいんですけどいいですか?」
「どうぞ」
「カレーライスとお稲荷さんを2つお願いします。それでこの注文をA3052に持っていってほしいんですけど…」
「……承知しました」
受話器の向こうから通話が切れる音が聞こえ、私は受話器を元の場所に戻した。

ふと思ったのだが、お稲荷さんってメニューそもそもあるのだろうか?
普通のファミレスには置いてないし、カラオケボックスでもそんなメニューはない。メニュー表を見ると、やはりそんなメニューはどこにも載っていなかった。
その後はカフェオレ片手に積み上げた漫画を読んで時間を潰した。

そして深夜2時。
2階へと続く階段に向かい、上へ下へと3往復する。
久々に階段の上り下りは結構体に来るもので、途中で息が切れてしまい壁にもたれかかった。その様子を、漫画をかかえたおじさんに変な目で見られ気恥ずかしい思いをしたが、これを止めるわけにはいかないのでそんな恥ずかしさを我慢して足を進めた。

時間はあっという間に進み、時刻は深夜2時50分となった。
いよいよA3052の部屋を探すべく、私は少し緊張しながら個室を出て2階へ向かった。2階の案内板をみるとA、B、Cとそれぞれ部屋番号の前に割り振りが掛かれており、私はAが振られた部屋の前に立った。
一番最初の部屋は2001となっており、2002、2003と続く番号を数えながら辿っていく。だが部屋は2015で終わっており、それ以降は壁となっていた。

そもそもここは2階であるはずなのに3から始まる番号などあるのだろうか。このネットカフェに3階はない。なんでこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。
こんな根も葉もない都市伝説を信じた私が馬鹿だった。
深いため息をつきながら踵を返し自分の部屋へと戻ろうとした瞬間、後ろのほうからシャンシャンと鈴の鳴る音が聞こえた。
音に驚き思わず振り向くと、先ほどまで壁だったものがすこし奥へとたわんでおり、それを指で押してみるとそのまま指が入り込んでしまった。

「さっさとはいらんか」

どこからか声が聞こえると同時に何者かに入れた指を引っ張られ、体ごと壁の中へと入り込んでしまった。

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