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A3052の神様(4)

ハッと目が覚めると、私はネカフェの個室のシートの上で寝ころんでいた。
スマホの時刻を見ると朝の5時23分と表示がされていた。
一体いつからここに寝ていたのだろうか。神様はどこに行ったのだろうか。隆司との別れは夢だったのだろうか。

私は神様と出会ったフロアまで行くが、そこには壁があり、行き止まりとなっていた。そりゃあそうだよなと思い、私はため息をつきながら自分の個室へと戻り、帰り支度を済ませ伝票片手にフロントへと向かった。

私は会計をすませ、ネットカフェの入っていたビルから外へと出た。
街の朝の空気は清々しいもので、呼吸をするたびに、淀んでいた夜の空気を薄めてくれている。

本当はこれから大学の講義を受けに行かなければいけないが、それよりも大事なことを済ませなければいけないと、大学とは正反対にある自宅への帰路に着いた。
私はまだ一人暮らしせずにいる。
あれだけ外に出ると息巻いていたあの頃の自分はもうどこにもいない。
いつものように2階への階段を登り、一番端にある自室の扉を開けた。

「遅かったな」

ふと、いつもと変わらない自室の真ん中で隆司の声が聞こえた気がした。
一瞬制服姿で勉強している彼の姿も見えた気がしたが、瞬きした次にはすでにその姿もなくなっていた。

あぁ、願い事のせいだ。
荷物を床に投げ捨て、ふらふらとした足取りでベッドへと向かう。
そして膝から崩れるようにして座り、ベッドの布団の上で、声が漏れぬように泣いた。涙も鼻水も気にしないまま、乱暴に泣いた。

何分経ったのだろうか。
ちょうど布団の上で泣いた跡がぐっしょりと濡れて気持ち悪さを覚えたころ、私はようやく正気へと戻った。
腫れぼったい目を見られぬよう、そそくさと着替えを持って風呂場へと向かい、シャワーを浴びる。雑念を落とすように、指の先まで綺麗に体を洗い上げたせいか、ジャワ―だけであるはずなのに、体は十分に温まっていた。

このまま部屋に行って寝てしまいたい。
だが私はそのために朝シャワーをしたわけではない。清潔極まった私の顔に、しっかりと化粧をしていき、外に出る身支度を済ませた。
玄関で靴を履いていると、リビングから母が顔を出した。

「あら、どこか行くの?」
「ちょっとね」
「そう、気を付けてね」
いつもならどこに行くにも目的地をしつこく聞いてくる母だが、今日は珍しく引き留めることはなかった。

「あなた変わったわね」
私が出ていく直前、母がそう呟いた。どこか安心したような、そんな表情を浮かべていた。
「そんなことないよ」
私は久しぶりに見た母の優しい顔に笑い返した。

玄関外に置いた自転車に乗り、目的の場所へと漕ぎ進める。到着した場所は隆司の実家であった。
昨日は勇気が出ずに神様がチャイムを鳴らしたが、今ここに神様は必要ない。
チャイムを押すとインターホンの向こう側から隆司の母の声が聞こえた。

「お久しぶりです。三上 沙希です」
「あ、沙希ちゃん!ちょっと待っててね」
インターホンが切れ、私は玄関前でそわそわとしながら隆司の母が出てくるのを待った。
ガチャリと玄関が空くと、そこにはエプロン姿の隆司の母の姿があった。1
年前、まだ隆司がいたころと比べると、少しばかり頬がこけており痩せたように見える。

「お久しぶりです。隆司に手を合わせにきました」
「そう!上がって頂戴!」
隆司の母の顔色がパっと明るくなる。
彼女のその笑顔に安心し、隆司の家へとお邪魔した。

「ここです」
隆司の母に通されたのは、1階の仏間であった。
がらんと広い畳の和室の端っこに、大きな仏壇が影を潜めるように置かれている。私は途中のコンビニで買った苺大福を2つ供え、少し薄くなった座布団に足を下ろす。りんを鳴らし、仏壇向かって手を合わせた。

1分程だっただろうか。りんの音の反響が心の中で消えるまで私は手を合わせた。目を開けると、立てかけられた隆司の写真に目がいった。制服姿の隆司がそこでは屈託ない笑顔で笑っていて、私もそれにつられて思わず笑ってしまった。

「不思議ね、本当に沙希ちゃんが来るなんて」
「え?」
隆司の母は、まるで私が来ることを予期していたような口ぶりをしていて、出されたお茶をすすりながら驚いた。

「昨日ね、隆司が亡くなった日の夢を見たの。その日に沙希ちゃんが来ていないと思うんだけど、なぜか夢で見たほうが本当に思えてね。隆司が沙希ちゃんとあった後に本当に幸せそうな表情をしていたのが印象的で今でも覚えているの。夢なのに不思議ね。いつも忘れてしまうのに」
「私も……夢を見たんです。同じ夢を。隆司に会いに行かなきゃって思ったんです」
私は仏壇のほうを振り向いた。
ちょうどカーテンの隙間から光が差し込み、その光が隆司の写真を照らしていた。

「ありがとうね。隆司も沙希ちゃんと会えて嬉しがってるよ。本当にありがとう」
隆司の母の瞳は少しばかり涙ぐんでいた。私もそれにつられてか、涙が一筋頬を伝った。

その涙が悲しみからきたものなのか、嬉しさからきたものなのか、それともその両方なのか、私自身も分からない。
ただ神様にお願いをしたことは間違いではなかったと、隆司の母の涙を見て、そう思えた。

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