水仙と月の熱病
月の熱に魘され、喉がひたすらに渇く。
「あなたさえ、いなければ」
私は、夜中の2時45分になると、からくり時計のようにそう呟いていた。
夜の黒は少しずつ闇へと変わっていき、私の中に輝く消えてしまいそうな灯さえ食い散らかしていった。
◆
中学の頃までは、私に勝るものなどいなかった。
誰もかれもがかしずき、媚を売る。
ほんの少しの恩情を与えるだけで、男は泣き叫び、犬になる。
労をせずとも、容姿だけで権力を手にできた。
私の手の中では、自由と欲望が金魚のように優雅に尾ひれを揺らして泳いでいる。
だが、そんな時も永くは続かなかった。
高校に進学し、環境がガラリと変わった。
「盛者必衰」とは字のごとく、私という花は一人の女によって、日陰へと追いやられ、枯れた。
「月宮 かおり」
あなたがいなきゃ、高嶺の花なのよ。
私は爪を噛み、足を震わせる。
オセロのように、私の感情が白と黒の裏返りを繰り返していく。
あぁ、憎い、妬ましい。
思うほどに彼女の躯体に仕草や口調を思い出してしまう。
夜になると、影の蝙蝠たちが私の耳元で囁くのだ。
彼女の血は美味そうだと。
私は、そのたびに、10mgの薬をのみ込む。
足りない、まだ、足りない。
月の満ちるたびに、動悸で汗が滲み出る。
痒い、苦しい、痛い。
神様、私の祈りを聞いてください―――
「どうか、この私に花を咲かせてください」
◆
時刻は2時45分。
私は一人、裏山で穴を掘っていった。
今夜は新月。
それもそうだ。
私が月を殺したのだから。
あれほど私を苦しめた熱病が、嘘のように止まる。
「あぁ、これでわたしも」
掘った穴に、どさりと月だったものを放り込み、土をかぶせた。
これでは目印がわからないと、私はそこら辺に咲いていた適当な花を引っこ抜いて、その場に植えた。
私は、熱病が治ったことを嬉しがり、鼻歌を歌いながらその場を後にした。
翌朝、そこには真っ白な水仙が、美しく綺麗に咲き誇っていた。
◆
・水仙
花言葉「自己愛」
ヒガンバナ科植物にはヒガンバナアルカロイドが含まれており、それらが有毒成分となる。また、スイセン属には、有毒成分であるリコリン、ガラタミン、タゼチン、シュウ酸カルシウムなどが含まれる。
スイセンの致死量は10mgであり、食中毒症状と接触性皮膚炎症状を引き起こす。
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