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水仙と月の熱病

月の熱に魘され、喉がひたすらに渇く。

「あなたさえ、いなければ」

私は、夜中の2時45分になると、からくり時計のようにそう呟いていた。

夜の黒は少しずつ闇へと変わっていき、私の中に輝く消えてしまいそうな灯さえ食い散らかしていった。

中学の頃までは、私に勝るものなどいなかった。

誰もかれもがかしずき、媚を売る。

ほんの少しの恩情を与えるだけで、男は泣き叫び、犬になる。

労をせずとも、容姿だけで権力を手にできた。

私の手の中では、自由と欲望が金魚のように優雅に尾ひれを揺らして泳いでいる。

だが、そんな時も永くは続かなかった。

高校に進学し、環境がガラリと変わった。

「盛者必衰」とは字のごとく、私という花は一人の女によって、日陰へと追いやられ、枯れた。

「月宮 かおり」

あなたがいなきゃ、高嶺の花なのよ。

私は爪を噛み、足を震わせる。

オセロのように、私の感情が白と黒の裏返りを繰り返していく。

あぁ、憎い、妬ましい。

思うほどに彼女の躯体に仕草や口調を思い出してしまう。

夜になると、影の蝙蝠たちが私の耳元で囁くのだ。

彼女の血は美味そうだと。

私は、そのたびに、10mgの薬をのみ込む。

足りない、まだ、足りない。

月の満ちるたびに、動悸で汗が滲み出る。

痒い、苦しい、痛い。

神様、私の祈りを聞いてください―――

「どうか、この私に花を咲かせてください」

時刻は2時45分。

私は一人、裏山で穴を掘っていった。

今夜は新月。

それもそうだ。

私が月を殺したのだから。

あれほど私を苦しめた熱病が、嘘のように止まる。

「あぁ、これでわたしも」

掘った穴に、どさりと月だったものを放り込み、土をかぶせた。

これでは目印がわからないと、私はそこら辺に咲いていた適当な花を引っこ抜いて、その場に植えた。

私は、熱病が治ったことを嬉しがり、鼻歌を歌いながらその場を後にした。

翌朝、そこには真っ白な水仙が、美しく綺麗に咲き誇っていた。

・水仙
花言葉「自己愛」
ヒガンバナ科植物にはヒガンバナアルカロイドが含まれており、それらが有毒成分となる。また、スイセン属には、有毒成分であるリコリン、ガラタミン、タゼチン、シュウ酸カルシウムなどが含まれる。
スイセンの致死量は10mgであり、食中毒症状と接触性皮膚炎症状を引き起こす。

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