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【超短編小説】浦島(『ねこにまつわる10のはなし』より)


箱の中から吹き出す白煙に全身を包まれた太郎。
すっかり煙が去った後そこに立っていたのは、腰の曲がった白髪の老人だった。
太郎が亀を助けたあの日から、百年の月日がたっていた。

これは、なんの罰なのだろう。
この罰に見合う罪を、私が犯したということなのか__。

にわかに遠くなった目で呆然と海原を見つめていた太郎の手がふいに重くなる。視線を手元の箱に移せば猫。どこからか走ってきた猫が空箱の形に四角く収まり、だまってこちらを見上げていた。
何故猫が玉手箱に入ってきたか。何かの使いか太郎を好いたか、あるいは箱に残った竜宮の、魚臭さに引かれたためか。
理由はだれにもわからない。
確かなことはただひとつ。
太郎は、友を得た。

その後太郎は海を離れ、山の庵で猫とふたり最後まで穏やかに暮らした。
縁側の箱で四角くなる猫の、日向臭い背をなでるうち、海の記憶は煙に巻かれ思い返すことは少なくなっていった。

箱を見るなり飛び込む猫は、「太郎の猫」の血筋だという。



※私家版きりえ画文集『ねこにまつわる10のはなし』(2015・完売)第4話に加筆。


〈余〉
どうも僕は浦島太郎をあのあんまりすぎるラストから救ってやりたい思いが強いようで、これを書いた何年後かに平行世界の後日談をまた書いています。

偽本ブックカバー『浦島だろう』

こちらでは玉手箱を開けた浦島の目前に今度は村の古老(=元・亀をいじめていた子ども)が現れ、再会をよろこび親友になる物語で、偽本シリーズ1冊目の『きりえや偽本大全』に収録しています。

あわせて読んでいただけたらうれしいです。


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