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【短編小説】「喧嘩両生類(完全版)」


第1章 タマちゃんの場合

永きに渡るこの死闘のきっかけが何であったかなど、二匹にとってもはやどうでも良いことだった。
「姿形は変わったが、ひょっとして彼は幼き頃 いつも一緒に池で遊んだ、あのイーちゃんでは なかろうか」
朦朧とする意識の中、カエルのしめった脳髄に、 死闘中には場違いなほの暖かい感情とともに一つの疑問が去来する。
その刹那、イモリパンチが炸裂した。

第2章 イーちゃんの場合

彼が幼き日を共に過ごしたタマちゃんであることなど一目で分かった。
それがなぜ今こうして拳を交えているのか。
許せなかったからである。
私は、他でもないあのイーちゃんなのだ。信じられぬことに彼は未だそのことに気づいていない。
カエル族は尾っぽのように想い出すら捨ててしまうのか。
口惜しく、腹が立った。
彼こそが、イモリの初恋の相手だったのだ。
その彼が自分のことを忘れ、今は本気で殴りかかってきている。
許せなかった。
だから倍殴り返した。
殴るうち彼の瞳に懐かしい光が宿りはじめたことにイモリは気づく。
思い出したんだ! 安堵と喜びがイモリの全身に行き渡るが、右手はそれ以前にイモリ自身が出した指示を忠実にこなし、渾身のストレートを愛しいカエルの顎に打ち込んでいた。

腹を向け気絶したタマちゃんを見下ろしながらイモリは思う。
忘れていたことはこれで許してあげよう。手が早いのが短所なら、さっぱりしているのが私の長所だ。彼が目覚めたら、また昔のように手を取り合って川を泳ぐのだ  

しかしイモリはまだ知らなかった。彼女が放った最後の鉄拳が、愛しのカエルの記憶をうばい去ってしまったという事実を。

ふたりの真の意味での再会はまだ遠い先のことであった。

(純愛大河「喧嘩両生類」第1部完)

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