夏恋

もう仲良くなってだいぶ経つ
でも完全に2人きりでどこかに行く、というのはまだだった
わざわざそういう約束をしなくても毎週会えるんだから、いや、そうだからこそわざわざそういう約束をするのが照れくさかったのかもしれない
夏が好きだと度々主張していた彼女も
同じことを考えていたのかもしれない

夏は待ってくれないんだから

僕は恥ずかしい気持ちを何とか押し込めて夏に乗り遅れないように、彼女と花火を見に行く約束をとりつけた
海岸で行われる花火大会だった
待ち合わせ場所のその時間、彼女は浴衣で現れた
僕も期待してなかったわけじゃないけど
今日のために着付け練習したのなんて、かんざしであげられた髪は彼女の真っ赤になった耳や首を隠してはくれない
「似合ってるよ」
それが僕の精一杯だった
きっと僕の耳も首も頬も今ごろ全部真っ赤になってるはずだ

まるでりんごみたいになった僕らの間に潮風が吹いて頬を心地よく冷ましていく
夜の海を眺める彼女は何だかいつもと違って儚く見えた
砂浜を履きなれない下駄で歩く彼女を見ていられず僕は彼女の手を握る
彼女は照れながらもありがとうと口にし、しっかりと僕の手を握り返した
彼女の体温と僕の体温で溶けていくかのようだった

僕らは適当なところにシートをひいて腰掛けた
しばらくすると陽気そうなおじちゃんが司会を名乗りちょっとした雑談の後、花火までのカウントダウンが始まった
彼女はキラキラした顔で花火を心待ちにしている

そして、花火が上がった
大きな音と、地面から伝わる重い衝撃
空には満開の花火が咲いた
何度も、何度もその火は止まらない
空も辺りも僕らの顔も輝かせながら儚く散っていく
スピーカーから最後の花火だなんて聞こえたら
海面にも夜空にも大輪の花火が咲いて、今までよりちょっとだけ長めに居座って、夏が終わった

僕も彼女も、何となくこのままでいたくて、周りの人が帰っていくのをぼーっと眺めていた

「花火、きれいだったね。今日、誘ってくれてありがとう。」
「うん、君の喜ぶ顔が見れてよかった。」
「浴衣、似合ってたかな?」
「似合ってるよ、その、洋服と違っていろいろ大変らしいし…ありがとう。」
「ううん、せっかくだしおしゃれしたかったの。」
「そっか」

まだ、まだ告白までの勇気はもうちょっとだけ、僕には足りない

#小説 #短編小説 #ファーストデートの思い出

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