菫色の実験室vol.5|fumi|菫の妖精と精霊
夏が終わりに近づき、たなびく菫色が一段とやさしさを増してきました。日々通ってきた鬱蒼の森も、アブサン色をゆらしながら、新しい季節の菫色を迎える準備に入ったようです。
白衣にも菫色が流れ、木洩れ日がキラキラと、その上に模様を描いてゆきます。巡る季節の静やかな変化を味わいながら、実験室のある建物に到着しました。
玄関ホールに入ると、いつものようにスミレの香りが迎えてくれました。香りの歓待も明日まで——名残惜しい気持ちと、職務をやり遂げる気概とが交差します。
廊下を歩くリズムに合わせて、スミレの香りも足取り軽く、弾んできたようです。スキップするスミレ花を追うように、今日訪れる最初の扉の前にきました。
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静寂とは質感の違う、誰かが息を潜めているような静けさが室内を覆っています。
——雇い主から渡された小壜が、なぜ必要か、わかりました。
「Drink me!」小壜の蓋を開けて、菫色の液体を——スミレ味でした——飲み干すと、アリスのようにみるみる小さくなってゆきます。
ここには、緑豊かなミニチュアサイズの街が広がっていたのです。
小さくなった私は、息を潜めている誰かを驚かせないように、そっと歩き始めました。菫色の刻限が街をすっぽり包み込み、風にゆれる道端の草花も、菫色を纏っています。
確かに誰かがいる気配はするのですが、それが誰なのか、まだ出会えずにいます。少し歩いてゆくと、スミレ花の植え込みのところに、実験日誌がはためいていました。
どうやらここは、菫の妖精の街のようです。
可憐なスミレ花の妖精たちの様子が、実験日誌に綴られていました。
優しい眼差しが、街全体に広がっています。妖精たちのために、研究員はいちからこの街を作ったようです。森に棲む妖精が、窓からいつでも遊びに来ることができるように、細かな部分にまで心を配った痕跡がそこここに見て取れました。
編み物を得意とする研究員らしく、家の中はクロッシェで彩られています。妖精たちが居心地良さそうに羽休めをする姿が目に浮かびます。周囲の様子を伺いながら、私もこっそり座ってみました。
なんてやわらかな風合いでしょう——研究員の優しさ、温かさに直に触れたような気がしました。
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菫色が一段と濃くなり、街は夜を迎えました。家々には明かりが灯り、空には星が煌めいています。
流れ星が夜空に美しい線を描き、少し遅れてスミレの香りが地上に届きました。空から届いたスミレの香りは、新鮮な青々しさを持ちながらも、懐かしさを感じる甘さをわずかに含んでいました。
その香りは、菫の精霊たちが空から運んできてくれたものでした。空に咲くスミレ花を、ここに届けてくれる存在。空の彼方には、私たちの過去が眠っているのかもしれません——懐かしさを感じる香りから、そんな風に思い至りました。
過去を守り、未来を照らす存在——ちいさな菫の精霊たちが、人知れず担っている役割に気づいた研究員は、菫の精霊たちが休む場所を作ってくれたようです。
「Keep me!」——小壜の菫色の香水を纏って元に戻った私は、こちらをじっと見つめる妖精と精霊の気配を嬉しく感じながら、次の実験室へ向かいました。
fumi │ 人形作家 →Twitter
子供の頃から憧れていた辻村寿三郎氏に創作人形を学び、ドレスや和装の少女人形を制作。
2014年『辻村寿三郎と仲間たち』(日本橋高島屋)
2016年『寿三郎みよし 第一回 全国創作人形公募展』(辻村寿三郎人形館)
物語や星々、色と光をテーマとしたシンブル2個分ほどの粘土人形を制作。
2019年より霧とリボンにて常設展示中。
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作品名|菫の妖精と花びらのセット(6種)
紙粘土・透明水彩・リキテックス・水溶性ニス・マスターシードコットン
制作年|2020年(新作)
*各作品画像含め、サイズなどの詳細はオンライン・ショップに掲載しています
掌にのる可憐な妖精さんが人形作家・fumi様から届きました。優しく温かな眼差しがそのまま作品になった、紙粘土で制作されたシリーズです。
編まれた花びらの上にのる姿も愛らしい、一人でも、お友達を増やして飾っても、お部屋の一角にお花が咲いたような幸せが訪れます。
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作品名|菫の精霊と星のセット(3種)
紙粘土・透明水彩・リキテックス・水溶性ニス
制作年|2020年(新作)
*各作品画像含め、各サイズなどの詳細はオンライン・ショップに掲載しています
星の光からすらり生まれた姿を持つ、菫の精霊たち。瞼を閉じて、遥けき彼方——精霊たちの星の故郷——に思いを馳せているのかもしれません。
スミレ花が描かれた星は、立てて飾ったり、その上に精霊を乗せたり、いろいろな楽しみ方ができます。
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