今女流棋界を見ていないことを、後悔する日が来る。(1)二強の時代

女流将棋界は大きな盛り上がりと共に、転換期を迎えようとしている。その象徴とも言えるのが、ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦の創設だ。先日山崎隆之八段のA級昇格争いに絡めて順位戦について書いたが、やはり男性棋士にとって月一回骨身を削って星を奪い合い、道の果てに名人の座を見る順位戦は棋士生活の背骨とも言える重要な対局だ。

そんな全棋士参加のリーグ戦を年間をかけて戦い、頂点を目指すタイトル戦の女性版=白玲戦が今年ついにスタートした。初年度を勝ち抜いた1位と2位のふたりが、初代白玲の名誉と女流棋界最高の賞金を賭けて、女流棋界初の七番勝負で戦うことになる。順位戦の厳しさ、苦さを誰よりも知る山崎八段は「(初年度の)白玲戦には夢がありますね」と評した。一番下のD級からスタートした女流棋士は、本来一年間のリーグ戦を勝ち抜いて、ひとつずつリーグを上げる必要がある。しかし、初年度に限っては、勝ちぬけば即A級、即白玲の可能性が、どんな新人女流棋士にもある。だから、夢がある。男性棋士において、もっとも長い遠回りをしてA級に辿り着く男の言葉のなんと重いことか。

これから長く続くであろうタイトル戦の、初年度しか見ることができない特別な光景が、今繰り広げられているのだ。

●女流棋界の“二強”

白玲を争う舞台に上がるのは、一体誰か。それを占う上で今女流棋界でもっとも強い存在を問うたなら、ほとんどの人がこの2人の名前を挙げるはずだ。

里見香奈女流四冠。誰もが認める女流棋界の第一人者は、先日第47期女流名人戦で挑戦者の加藤桃子女流三段を3-0で退け、女流名人位12連覇と共に、獲得女流タイトル通算43期の歴代1位タイ記録を打ち立てた。2019年9月に当時創設されたばかりの初代清麗を手にし、史上初の女流タイトル六冠(当時のタイトル数は七つ)を成し遂げた出雲のイナズマの姿に、全盛期の羽生善治を重ねた人も多かったはずだ。

そんな絶対王者をタイトル戦において圧倒している存在が、女流王座・女王・女流王将を持つ西山朋佳女流三冠だ。里見との直接対決の成績は12勝8敗。星取りやレーティングから見る両者の実力に大きな差はないように思えるが、過去4回のタイトル戦は全て西山が制した。先日の第10期リコー杯女流王座戦ではフルセットの激闘の末、里見が半ばまで手中にした勝利は、最後の最後でするりと逃げていった。

タイトル保持数でいえば四冠と上回る里見だが、これには少し補足が必要だ。実は西山は、女流棋士ではない。2020年10月から2021年3月にかけて戦われている第68回奨励会三段リーグ戦に、西山は奨励会三段として参戦している。

奨励会はプロ棋士を目指す若者たちの戦いの場であり、そこを勝ち抜いた2人(例外あり)だけが新四段として棋士を名乗ることができる。奨励会三段には、今すぐプロ棋士になっても活躍できる実力者がゴロゴロいる。そんな強者たちがたったふたつの枠を巡って人生を賭けて戦う。そして、どれほど努力した者も、原則25歳になれば規定により退会を余儀なくされ、ただの人として放りだされる。三段リーグが地獄と表現される所以だ。

そんな地獄の三段リーグ第66回において、西山は14勝4敗という驚異的な成績を挙げた。これはこの回に新四段となったふたりと同じ星取りであるが、同点なら前期の成績上位者が上位となるルールによって、西山は次点で涙を呑んだ。だが西山が将棋界の悲願であるプロの女性棋士(女流棋士は別制度)誕生に最も近づいた存在であることは間違いない。

ということで女流棋士ではない西山だが、女流棋戦には女流棋士以外にも参加の門戸を開いているものがある。マイナビ女子オープン、女流王座戦、女流王将戦のみっつだ。つまり、西山は奨励会三段として参加できる女流棋戦三冠を独占しているのである。また、西山は参加した男性棋戦の通算成績で勝ち越している唯一の存在でもある。

実績では他を圧する里見四冠と、まだ女流棋戦に参加して日が浅い西山が並び称される所以である。

しかし、2人の強さを誰もが認めるからこそ、その2人をおびやかす存在にも出てきてほしい。次回は注目すべき女流棋士について書いていきたい。

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