見出し画像

海の豊かさと古くて新しい漆の技術

国連で採択され世界中で取り組みが活発化しているSDGsは持続可能な社会に向けた17のゴール(目標)を定めたもので、その範囲は貧困や健康、経済成長、気候変動など多岐に渡っています。今回は14番目のゴールである「海の豊かさを守ろう」から漆を捉えてみます。

地球は7割以上が海です。地球上には陸上に100万種類、海には1,000万種類の生物がいます。私たちは食糧をはじめとして海から多大な恩恵を受けているわけですが、昨今プラスチックによる海洋汚染が深刻になっています。プラスチックゴミを餌と間違えて飲み込んで死んだ鯨や海鳥、ロープが巻きついて死んだ海亀などが各地で発見されています。またプラスチックは海中で細かい粒子となり海洋生物の体内に入り込み、それを私たち人間は食べています。プラスチック問題を解決することは豊かな海を守り、生態系を守り、そして私たち自身を守るための急務となっています。

この問題解決のヒントが1200年以上も前に作られた仏像にある、と言ったら驚かれるでしょうか?

奈良興福寺の国宝阿修羅像。少年のようなお顔立ちでどこか憂いを帯びた表情が印象的な仏さまです。木像のようですが実は漆と麻布で作られています。土で形を作りその上に麻布を漆で貼り付ける。そして再び漆を塗って麻布を貼り付ける。この作業を何度か繰り返し最後に土を取り除きます。

これは乾漆という技法です。漆は乾くと非常に強固なので、麻布のような薄いものでも漆で固めることで一定の強度が確保されます。一方でとても軽量です。興福寺は何度も火災に遭いましたが、阿修羅像が焼失を免れたのは軽くて容易に運び出せたからと言われています。

平安時代以降、乾漆による仏像づくりは衰退しましたが、宮城大学の土岐謙次教授は建築家と共に乾漆の強度を実験で確認し、構造そのものを乾漆で作ることから構造乾漆と名付け、乾漆で椅子やテーブルなどの家具を制作し、新しい漆の可能性を研究されています。

私たちは土岐先生にご協力いただき、漆と木綿だけで乾漆プラスチックフリーカードを作ってみました。誌面では直接お見せできないのが残念ですが、漆特有の質感と天然の抗菌作用がありながらプラスチックのカードと同等かそれ以上の強度と耐久性があります。そして仮に海に流れ込んでも分解されますので、プラスチックのように自然界に残りづつけて海洋汚染を引き起こすこともありません。

この乾漆カードが天然素材や伝統的な技術でプラスチック問題の解決方法を考える一つのきっかけになればと思っています。日本人は永い間、自然と調和した生き方をしてきました。そうした中で漆という天然素材、その素材を活かす技術や知恵が培われてきました。それらを古くて廃れたものではなく、未来への新しい可能性を秘められたものとして捉えてみると、我々が抱えている課題を解決するためのヒントが見えてくるような気がするのです。

公益財団法人 森林文化協会発行グリーン・パワー誌2020年2月号に寄稿



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?