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「beauty Blossom煌めきの塾」ブログより 花屋敷物語 第1部

かつて、大阪の船場で成功を収めた商人たちは、郊外の新天地を求めて、阪急電車エリアへと移り住みました。
この地は小林一三の手によって開発され、雲雀丘花屋敷と呼ばれる駅が設けられました。
ここは美しい高級住宅地として整備され、大きな洋館が立ち並んでいました。
当時の居住者たちは、騒がしい都心から離れ、豊かな自然と清々しい空気の中で悠々自適な生活を送っていました。

この駅は住民たちの希望によって設立された私駅であり、手を挙げないと電車が止まらないというユニークなシステムでした。
駅には、住民が共同で使える自動車がありました。
また、住民みんなで集合写真を撮るなどのコミュニティ活動も盛んに行われていました。

やがて時代は流れ、かつての豪華な邸宅の多くは今では高級マンションへと姿を変えています。
また、後継者のいない家は宝塚市に寄付され、美しい洋館は老朽化して、今やお化け屋敷になってしまいました。
修理費が高額であるため、これらの建物はほとんど手付かずのまま放置されています。

花屋敷の住民たちは豊かな生活をしていましたが、現在ではそのような豪華な生活を支える家政婦や運転手が不足し、日常生活にも支障を来しています。

参考文献
宝塚雲雀丘・花屋敷物語
編集・発行 宝塚雲雀丘・花屋敷物語編集委員会 2000年


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