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60歳のネイリスト

私は、ガリ勉真面目な大学生、髪の毛をブリーチしたこともなければ、メイクして大学に行くわけでもない。同じ駅ですれ違う他校の私立大学の学生が派手な髪とメイクでキャッキャしながら歩いていくのを横目に、「誰のお金で学校行ってるんだろうな、きっと親の金じゃん、チャラチャラしちゃって」なんて嫌味を言う。私は高校は3年間寮生活で一生懸命勉強して公立の大学に入ったし、奨学金をもらって親に頼らずに生活をしているんだ。化粧したり、服を買ったりしている暇もお金もない。だから、関係ない、と今日も駆け足で大学の図書館に向かう。真面目に学生を送るために大学に来たんだ。私の地元はとても田舎で、大学進学する人も同級生で数人程度、残りは地元に就職する。そんなコミュニティで育ってきたのだから、大学へ行く重みが違う。だけど、本当は少し羨ましい。でも可愛くする方法なんてわからないし、足の太い私にミニスカートが履けるとも思わない。メイクだって下手くそで、眉毛も手入れしたことがない。田舎からおしゃれな神戸の街に出てきたけど、芋っぽさが抜けない私は、それも個性なんだと言い聞かせ、この神戸の都会の雰囲気に馴染もうとしなかった。

そんな私には、一つ、大きなコンプレッスクがあった。

私の爪は短くて、醜い。小さい頃から爪を噛む癖が抜けなかったからだ。何度注意されても、この癖だけは治せなかった。典型的な爪神の特徴だが、特にストレスがかかると爪を噛んでしまう。大学ではなるべく手を隠していたし、グループワークでもノートを取る役はなるべく避けた。

自分がこんな爪だからこそ、人の爪は注意深く見ている。2月のある日、グループワークでクラスメイトがジェルネイルをしているのを見つけた。彼女の爪はほんのりホワイトのグラデーションで、冬の季節にぴったりで、とてもかわいかった。普段は美意識の向上に関心のない私だが、その時ばかりは長年の癖を治す方法はもしかしたらジェルネイルなのではないかと言うアイディアが浮かんだ。

早速ホットペッパービューティーでサロンを探してみた。どこがいいかわからなかったので、とりあえず近くでお手頃な値段を提供している個人サロンのワンカラーをしてみることにした。

当日、不安な気持ちでビルの入口に立った。インターフォンを押してエレベータで部屋までついた。ベルを鳴らすと私のお母さんぐらいの方が出迎えてくださって「こんにちは、土井です、よろしくお願いします。」の言葉に拍子抜けした。ネイルといったら若いギャルっぽい店員さんが迎えてくれるのかと思っていたのだ。

ネイルの施術が始まる。初めてで不安だと言うこと、爪が短過ぎてジェルができるのかどうかを伝えた。ネイリストの土井さんは、うんうんと聞いて「今は短いけれど、一度このままの長さで塗ってみたら、硬いジェルで爪を噛むことが出来なくなるから伸びてくると思うよ、一緒に深爪直していきましょうね。」と声をかけてくれた。その言葉がすごく嬉しかった。施術中も今から何をするのか初めての私にもわかるように一つ一つ説明をしてくれた。

そしておしゃべりな土井さんは短い施術時間の間にたくさんのお話をしてくれた。現在60歳だということ(全くそうは見えなかったけど)社会人の子供がいること、ネイリストを始めて10年になること、以前は全く別の会社で秘書として働いていたと言うこと。こんなにもネイリストという職業の方はオープンに話をしてくれるのか、それとも土井さんがお話好きなのか、たぶん後者だと思うが、私は土井さんの人生が面白いなと思い飽きず聞いていた。そして私は最初の時に気になっていたことについて聞いてみた。

どうしてネイリストになろうと思ったのですか?

人生50年と言うじゃない。だから私も50歳の時に、新しいことに挑戦してみたくて、それで会社を辞めて、ネイルスクールに入ったの、周りは若い子ばっかりだったけど、とっても楽しかったよ。

その言葉は衝撃だった。何歳からでも挑戦する姿。人はいつからでも変わることができるという、でも、それを実際に行動している人は少ない。ましてやネイルという全く新しいことを50歳にしてやろうとした行動力に私は感動を受けた。でも、どんなことだって、自分に限界領域を設けなければ可能なことばかりだ。ネイルは若者のものというイメージ、おしゃれ女子だけがするというイメージ、私には縁のないと思っていた世界、それは私が勝手に線を引いていただけで、私にも縁がある世界なのかもしれない。
50歳にしてネイルサロンをオープンするということ、自分の好きなことで第二の人生を生きること、すべては可能なことなんだ。と思った。

土井さんが50歳でチャレンジしている、20歳そこらの私が、自分に合わないとか私らしくないとか言い訳をしてためらっている理由は何もないじゃないか。やりたいなら、やってみよう。

私は自分のコンプレックスをハッピーに変えてくれるネイルの世界の扉を開けることにした。

私は今、爪を綺麗にしたいOL、私のようにコンプレックスを治したい人、結婚式を挙げる花嫁、デートに行く高校生、いろんな方の爪を鮮やかに彩る。

一番遠い世界にいたような私は、現在ネイリストだ。

#あの選択をしたから

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