失われたもの
決まっていた仕事がキャンセルになり、突然に自由な時間ができた。
風鈴の音がまだ涼しく感じるある夏の日。
Googleカレンダーを覗いて、自分が普段感じることのない心情に陥った。
「さて、なにをしようか」
嫁と子供もそれぞれ忙しそうだ。
友達誘って飲みにでも行こうかと考えたが、
誰を誘うべきか…となったあたりで考えるのをやめた。
私には趣味もないし、日常的に会うのは会社の人間くらいだ。
昔はもう少し気軽に何かを始めたり、誰かを飲みに誘うくらいのことはできたはずだが…
あの頃から何かが変わったのだろうか。
それとも、何かを変えることができなかったのか。
そんなことを考え始めたタイミングで1本の着信が鳴った。
取引先からだ。
どうやらシステムに不具合が出たようで、今すぐに来てほしいとのこと。
「はあ…仕方ない」
私は取引先の住所をGoogleマップに入力した。
ここから約30分ほどの距離だ。内容を確認する時間としてはまあ十分だろう。
「さて、行くか」
そうつぶやいて、すっかり汗ばんだ額を拭い、
さっき歩いてきた通り道に向かって、私はまた歩き始めた。
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