詩みたいな【こいぬ】#シロクマ文芸部
小牧幸助さんの企画「花吹雪」に参加させていただきます☆
お題「花吹雪」から始まる物語
【こいぬ】(639文字)
花吹雪が敷いた絨毯の上を歩く。
風に乗った花びらが私の頬をぴしぴしと打つ。
あまりにも風が強いせいか、見納めの桜並木を歩く人は少ない。
少し先の水飲み場で、痩せたおばあさんが小さな柴犬に水を与えている。
こんなに風が強い日に散歩だなんて……。
そう思って、自分もそうだったと可笑しくなる。
私が近づいた時も、まだ小犬はおばあさんの手から水を飲んでいた。
てち、てち、てち、と規則正しい音がする。
しゃがんでいたおばあさんが私に気づいて顔を上げる。
くちびるに花びらが一枚、付いている。
おばあさんは、私に会釈して微かに笑った。
花びらも一緒に。
私も微笑み返す。
水を飲み終えた小犬が顔を上げる。
小犬の鼻に花びらが一枚、付いている。
小犬は、私の足先に顔を近づけて匂いをかぐ。
花びらも一緒に。
こちらには返すものがない。
「こら」
おばあさんが声を出して小犬を叱る。
リードを引かれて小犬は私から引き離される。
いいのに、と思う。
引き離さなくても、いいのに。
おばあさんは再び私に会釈して、私が歩いてきた方向へ行く。
私は振り返る。
同時に振り向いた小犬と目が合う。
運命のこいぬだったかも、と思う。
「こいぬ」「こいびと」……。
「ぬ」と「びと」では、ぜんぜん違うけれど。
犬も人間もそんなに違わないのかもしれない。
出会う時に出会い、別れる時に別れる。
運命のこいぬを見送って、私は私の道を歩き始める。
行く手にはもう誰もいない。
向かい風の中、ひとり、歩き続ける。
花びらを全身に浴びながら
清々とした気持ちで
花吹雪が敷いた絨毯の上を歩く。
おわり
© 2024/4/21 ikue.m
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