見出し画像

まだ3歳なのに

昨日に引き続き今朝も、娘を叱ってしまった。
叱るというより怒る、という感情的なものだった。
何よりも幼稚園が大好きな彼女に、「もう幼稚園に行かなくていい!」と怒鳴り、たっぷり泣かせてしまった。
本当に心が重くなったけれど、いつも手を繋いで一緒に登園してくれるお友達が、泣いていて遅くなった娘の仕度を待っていてくれたおかげで、彼女は笑顔で登園できた。

送り出した後家で一人になり、よく内省をした。
何がこんなに私を感情的にさせるのか。
自分はどういう固定観念を持っていて、娘の行動によってどういう気持ちになったのか。
そうしたら見えてきたひとつのことが
【できる限り自分でできることはやらそうとしている】
という、私の信念だった。
手を洗ったり、食事をしたり、靴を履いたり、トイレへ行ったり。
そういう、「もう一人でもできるだろう」と、私が勝手にそう考えていることを、頑なに一人でやらせようとしていた、と気付いた。
でも娘はまだたった3歳。
おっぱいを離れてからまだ一年もたっていない。
新生児の時から話せるようになるまで、何もかものお世話をするのが当たり前で、少しでもできることが増えたら「すごいね!!」と、喜び合っていたのに、いつの間にか「自分でできて当たり前」「親は本人ができない部分を手伝うくらい」という思考になっており、できないことを「なぜ何度も言っているのにできないの」と、イライラしていたし、そもそもお世話をすることが大幅に減っていたな、と思った。
娘は、言われたことはこなしていく器量を持っているので、ついついこちらも一人前の人間として扱ってしまっていた。
でも、まだまだ抱っこをしてほしい、小さくて健気な3歳だった。

一人でできることは素晴らしいし、目指すべきところは自立というステージ。
でも、まだまだ赤ちゃんに近い生き物だということを思い出し、もっとゆったり丁寧に、お世話をしてあげたいと思った。

なんて未熟な親なんだろう。
娘は本当に私を真摯な気持ちにさせてくれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?