それでも世界は 輝いている 34話

「ああ、やりやがったな……」

 ジンオウが額を押さえて溜息をつく。由羽は居並ぶメンツを見渡し、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「美和、あんたの荷物、置いていくから。必要な物はあっちで買うわ」
 誰もが由羽を見て盛大に顔を引きつらせるが、その足下でのたうち回っている美和を心配する人物はいない。乙姫でさえ、肩をすくめて由羽の肩を叩く。
「由羽、よろしくお願いします」
「分かってるって。乙姫は、三千世界を使って私たちの活躍を見ていてよ。じゃあ、皆、行ってくるわ。明鏡を頼むわよ」
「おう、任せておけ」
 ジンオウが胸を張って答えるが、彼に言われてこれほど不安になる言葉はない。
「ジンオウ、ほんっっっっとうに、乙姫の事頼むわよ。護衛も付いているし、この島に乙姫の命を狙う奴はいないと思うけどさ」
「おう、任せろ! 俺がばっちり守ってやる! もしかすると、次にお前と会ったとき、乙姫のお腹には俺の子供がいるかも知れないけどな!」
 「ガハハハ」と、ジンオウは声を上げて笑う。玉江と壮一も釣られて笑うが、乙姫の父親である晃司と由羽の顔には殺意さえ浮かんでいた。冗談だと高をくくっているのだろう、当の本人は口元を押さえて朗らかに笑っている。
「あんたね、もし乙姫に手を出したら、本当に殺すから。そのつもりで」
「なんでお前が怒るんだよ。年は離れてるが、恋愛は自由だろうが」
「ヨウに申し訳が立たないわよ! 良いこと? 絶対に手を出さないこと!」
「ジンオウ、乙姫の父親として言わしてもらうが、娘は絶対にお前にはやらん! もし娘が欲しければ、明鏡全体を敵に回すと思え」
 晃司がジンオウの肩に手を掛ける。晃司の指先が白くなっていることから、余程力を入れて肩を握っているのだろう。ジンオウの日に焼けた顔が盛大に引きつる。
「おい! お前ら、冗談にマジで反応しすぎだぞ! それよりも、由羽! さっさと転神しろ、そこの芋虫がやばいことになってるぞ!」
 見ると、足下に転がっている美和は、こちらを見上げてニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
「………なによ?」
「お姉様の愛が、私の全身を打ち貫いてます……。この痛み、気持ちいいです~。癖になりそうです~」
 両足を打ち抜かれ動けないというのに、美和は痛みよりもその中に快楽を見いだしたようだ。頭に光弾を撃ち込みたい衝動を堪えながら、由羽は右手を横に突き出す。
「じゃ、馬鹿な話は止めて、行くわ」
 スッと空間に黒い縦の切れ目が入った。そこから由羽の身長よりも長い長剣が出現した。長剣と言っても、それは一見すると槍と見紛うほどに長い。そして、刀身を覆い隠すようにゴテゴテとした華美な装飾が施され、柄尻からは色鮮やかな幾本もの帯状の紐が垂れ下がっている。これが天ノ御柱の一振り、百花繚乱だ。
「百花繚乱を手にするのも久しぶりね」
 由羽は百花繚乱を手にする。まるで、体の一部のような感覚。重さは殆ど感じない。百花繚乱を手にした瞬間、由羽の周囲がほのかに光り出す。百花繚乱がセフィラーを欲して吸収しているのだ。
「ほら、美和」
 由羽は足下に寝転がる美和に手を差し伸べる。恍惚とした表情を浮かべた美和は、ハッと我に返ると、「はいです!」といって、手を触れてきた。
「転神!」
 力ある言葉を口にした瞬間、美和の体が光に包まれ一瞬で分解した。セフィラーとなった美和は、由羽の体に纏わり付くと、華美な軽鎧となった。腹部から膝丈まで、白いスカートのようなフリルが着いている。背部に飛び出る九枚の翼は背中に生えているのではなく、背部付近で宙に浮いている。首、腕、足、全てにおいて薄い金属の板が巻かれているが、それ一枚でかなりの強度を誇り、さらに呪術的な結界も張られているため、見た目以上の防御力を秘めている。
 一度セフィラーに分解された美和は、次に転神を解いた際、百花繚乱に登録されているメモリにより、体は怪我の無い状態で再構成される。それが分かっていたため、由羽が美和の足を打ち抜いたとしても、誰も騒がなかったのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?