ミッドサマーを観た〜共感という悍ましさの話〜

ミッドサマーを観てきた。

アリ・アスター監督は前作のヘレディタリー/継承の誰ひとり悪意を持ってないのに、とてつもなく大きくて異常な基盤の上に立ってるから、どんどん悪い方向に流されていく、最高に厭な感じが印象的だった。

ミッドサマーは前評判もすごかったし、公開日から癒しやセラピー映画とも言われていたし、監督インタビューの「失恋からの立ち直りの映画」「日本の楢山節考に影響を受けた」(監督、普通の人間は恋愛映画を撮ろうと思って姥捨山の映画を観ないんですよ)などの迷言も気になって、実物を確かめたかった。


観たら、セラピー映画と言われるのもわかった。自分は癒しとは受け取らなかったけれど、そう思うひとが出るのもよくわかる。
ここからネタバレ↓

白夜の中の夏至祭が舞台なので、ホラーらしくない光に満ちた牧歌的な光景なのが、反転したり揺らいだりバッドトリップのような撮り方と相まって、かえって気持ち悪い。

グロも当然のように挟まれるんだけれど、耕作や屠殺を暴力とは言いにくいように、ただ草花と一緒に壊れた人体もそこにありますというようなトーンだ。
死を自然のサイクルとして受け入れる村人たちの異常性や、逆に過剰反応するこっちが不寛容なのかと思わされる揺らぎも感じる。

ホラーというより、単純に悍ましいって言葉が似合う映画だった。
でも、何よりも自分が厭だったのは、ホルガの共感を主とするコミュニティだったことだ。

ホルガでは拒絶、軽蔑どころか理解しようという歩み寄りすら誤答で、共感しか許さない。
そしてそれは、情緒不安定なダニーとそっくりだった。

ダニーが辛い経験と不安で精神が弱っていたのはわかるが、状況を改善しようとか距離を置くとかは受け入れず、話し合うと言いながら自分の感情を汲んでほしくて壊れそうだったダニーは、一見和を重んじるように見えて異文化を排斥していき、怖がったサイモンとコニーのカップル、文化を軽んじたマーク、人類学という分析でアプローチしたジョシュやクリスチャンを殺したホルガの共同体と似ているように感じた。
ダニーに唯一彼女が望んだ共感で応えてくれたペレは、そのホルガの民だ。

観ながら、昔歌人の穂村弘さんが「共感」を「今ある現実をただ強化し続ける感情」と言っていたのを思い出した。
前時代的な暮らしを続けるホルガは、進化や発展とは程遠く、奇妙な風習で輪をひたすら強化してそれに染まらないものを排除していく。
現実世界では力を持つ分析や叡智が全く通じず、何も考えずに協調だけをしていけばいいそこに癒しを見出す者が出るのもわかると思った。


でも、そのホルガの風土は本当に昔から続くものだろうか。
祭典に関して違和感を覚えるところはいくつかある。
90年に一度の大祭典というけれど、カメラが発明されてからでは計算が合わないくらいたくさんの女王の写真が飾られていたり、比較的どれも新しく見える。
ペレの両親の死因を考えると、ダニーが女王になった回ほど大規模なものは本当に90年に一回だとしても、少なくとも生贄の儀式は20年より短いスパンで行われていそうだ。

ペレは優しくてただ故郷の文化を重んじているように見えて、弱っているダニーに急にショックを与えるような切り出し方で籠絡して孤立させたり、わざと村を訪れたみんなに時間差で少し異なる情報を教えたり、カルト宗教の勧誘のやり口に見える。外界では異常なことだとわかっている上でやっている分、悪意が目立ちやすい。

パニックの発作を起こしたダニーと呼吸を合わせて絶叫したり、生きながら焼かれている生贄たちの小屋を見ながら苦しむ真似をする村人にも悪意を感じずにはいられなかった。

もし、ホルガが村民の言うほどの歴史がなく、カルト的な閉鎖空間で過ごしたい人間たちのために、たまに心の弱った人間を取り込み、それに染まない常識人を殺していくための儀式を行うコミュニティだとしたら、作中の癒しがどこまで真意でどこまで計算なのかわからない。

それを考えることをやめて微笑むラストのダニーは、観客から観たらカルト宗教に取り込まれた人間の哀れさに映るけれど、その視線すらもダニーみたいな孤独な人間を生む無意識の悪意になるのかなと思うと、どこまでも計算された怖さの映画だった。


自分はミッドサマーをセラピーとは思わなかったけど、そこに癒しを見出すひとが出るのはありありと伝わってきた。

共感という暴力で理性を押し潰すホルガとそれに飲み込まれたい人間が、常識を異常にしてしまう空間を作り出すことでミッドサマーは、ホラーじゃないのに厭な怖い映画になっていた。

(今期の話題作映画、お悩み解決映画!あなたは不幸をどう解決したい?暴力と犯罪ならパラサイト  半地下の家族!癒しと犯罪ならミッドサマー!という感じですね。※真に受けないでください)



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