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【SKCファン小説】恋、友達

※『彼某』という単語を「かのがし」と読んで、彼・彼女以外も含めた全てに通用する三人称として使用しています。ご了承ください。


「じゃあ、部活行くよ。またあとで」
「うん。頑張って」
「そっちも勉強がんばれー」
 掃除が終わった教室で二人は淡白な距離感でそう言い合った。友達は振り返ることなく教室から出て行って、そんな背を彼某かのがしかすかに寂しげな目をして見送った。

 最後に手を振るぐらいしてくれてもいいのに。

 そんなぼやきを心でする。
 分かってる。そんなことをする訳がない。
 ふと痛みがあって彼某かのがしはぎゅっと目をつむって胸を押さえた。ああ、ほんと、最近はこればかりだ。

 痛みがあざのようにじんじんと残りつつ彼某かのがしは窓の外を眺めた。窓際だから校門付近がよく見える。ねずみ色の空はちらちらと雨が降り、傘を差す人は数名といった具合。そんな春の日の放課後だった。
 みんな長袖をしている。
 彼某かのがしだけは袖をまくっていた。

 はあ。

 声にならない溜め息がこぼれる。
 彼某かのがしは組んだ腕を枕にして机に伏せた。窓の反射すら気にして視線ばかりを向ける。教室に残るクラスメイトの中には彼某かのがしをちらと確認する人もいたが、表情は見えていなかった。大して興味がある訳ではない。すぐに仲間に向き直る。

 しばらくして吹奏楽部の練習の音が鳴り始めた。クラスメイトたちの談笑は熱を帯び始め、学校全体が増々騒がしくなる。

 そろそろ部活の準備を始めるころかな。と友達のことを想像する。
 彼某かのがしの瞳が揺れた。

 胸に渦巻く――まるで踊るようなこの気持ち。
 いつからか高らかに鳴るようになったこの感情。

 これを恋と仮定してみよう。
 初恋だとしてみよう。

 それで。

 一つ勇気を出してみて。

 もし告白をしたならば、君はなんて答えるんだろう。

「…………言えるわけがない」
 誰にも聞こえないように呟いて、彼某かのがしはポケットの中から一枚の手鏡を取り出した。それを誰にも悟られないように最小の動きで、死角となる顔の陰に持ってきた。
「自由になれる場所はどこにあるんだろう……」
 何かを探すように視線は一度窓の外へと向かって、それから。
 じっと。

 鏡に映る自分を見つめる。

 君の恋愛対象は聞いたことがある。そこに自分が入らないことも知っている。
 知っているから……。



 教室を出て、街に出る。
 素直な心で好きな姿をしている自分がそこにはいて、雑踏の中を歩いている。人も蝉もうるさくて、その中に冷淡な顔をした君を見つけた。二人とも半袖を着ている。
 君はこちらに気づいたけど表情は変わらない。その変わらない涼しさに心が激しく動く感覚がする。

 優しさなんてなく。
 気遣いなんかなく。
 殊勝な考えなんかどこにもないような何気なさがいつも通り。

 それでいて、楽しいときは一緒に笑って、悲しいときは一緒に悲しんでくれて。

 やっぱり君がいい。
 君以外考えられない。

 こんな場所じゃなくて、二人きりになりたいと思ってしまう。
 だから。
「来て」
 手を引っ張って、誰もいないような路地に連れ込んだ。
 でも君は冷淡なままだった。こんなに自分から動いているというのになぜか君に振り回されてるように感じる。

 だからキスをした。
 激しくキスをした。

 途端に足元が崩れるような感覚がして――いや、実際に崩れている。アスファルトが土砂崩れのようにどこかへ滑り落ちていく。
 そんな状況でも君は冷淡なままだった。それで思わず顔をゆがませてしまうけど、やはり君から手を離せない。



「だから何度も言ってるじゃん。そんな場所なんかある訳ないって」

 誰にも聞こえないように呟いた。はあと溜め息して彼某かのがしは立ち上がる。今日はもう勉強をする気になれない。リュックを背負って手鏡を仕舞い、教室を出る。
 あぁまだ痛いと軽く胸元を押さえ、短く息を吐いて手を下ろした。とりあえず時間を潰そう。泥の中を歩くように足を動かす。

 適当に歩いて回った。ほとんどの教室に生徒が残っていて、自習や部活動に勤しんでいる。雨が弱いからだろう外で活動している生徒もいて、凄いなぁと感嘆してしまう。でもすぐに目を逸らした。
 そして理科室に通りがかったとき、ぴたっと立ち止まった。電気がついていない。見れば扉に張り紙がしてあって、『今日の科学部の活動は休みです』。

「鍵、開いてるかな」

 期待半分で扉に手をかけてゆっくり力を込める。ガラガラガラガラ……、すんなりと開いた。
 戸惑いつつも教室を覗き込む。すみから隅まで徹底的に確認して、誰も居なさそうだった。

 彼某かのがしは息をひそめ、犯罪者のような忍び足で教室に踏み入れた。そして出来る限り音を立てないように扉を閉めた。妙に緊張した息が自然とこぼれる。それからゆっくり息を吸って、顔を上げた。

 もちろん電気はつけない。奥の薬品棚を一瞥いちべつし、窓際へと歩く。綺麗な黒板、特徴的な蛇口、窓の手前には台があって、試験管を固定するスタンドなど様々な機材がある。

 そういえばこの学校には人体模型ってあるのかな。と不意に疑問に思って、妙にぞわぞわと胸が痛み始めた。

 彼某かのがしたまらず窓に手をかけた。静かにガンと阻まれて焦りをつのらせ、落ち着かない手つきで鍵を開けると、勢いよく開け放った。
 湿った空気が流れ込んでくる。それに焦点を合わせるようにして、勢いよく吸い込んだ。
 それからゆっくりと吐き出して、同時に視界が定まっていく。そこにはどんよりとした曇り空があって、雨は相変わらずちらちらと降っている。
 あざのような痛みがあった。

「母さん、なんて思うかな」

 口をいた言葉。
 袖をまくってあらわな前腕に、ふと視線が引き寄せられた。
 自覚のないままに顔をしかめて、それから視線は外へ向けられる。

 やっぱり入ったらマズかったかな。

 なんだか居たたまれなさに駆られて彼某かのがしは窓を閉じた。スタスタと歩いて何食わぬ顔で理科室を出て、学校も出ることにした。スマホを取り出し、「今日は先に帰るね」とメッセージを送って、一人で街に向かった。
 たくさんの店が立ち並んでいる。店のガラスに姿が映る。



 素直な心で好きな姿をしている自分がそこにはいて、雑踏の中を歩いている。人も蝉もうるさくて、その中に冷淡な顔をした君を見つけた。二人とも半袖を着ている。
 君は冷淡な表情でいてくれて、やっぱりそれが嬉しかった。
「…………」

 それとも、みんなが冷たい目で見るようになったら、君と二人きりでいられるんだろうか。

 ……なんて。

「あのさ、屋上に行かない?」
「うん? いいけど」
 君は不思議そうに頷いた。

 近くに巨大なビルがあって、屋上から街を眺める。遊び、仕事、観光、デート……様々な理由で様々な人が行き交っている。

 ここには二人だけ。
 このまま二人きりになれたなら、どれだけ素敵だろうか。

「今日は帰りたくない」

 そんなことを言ってみた。

「…………」

 何も答えてくれないんだね。

 途端に足元が崩れて、どこかへ滑り落ちていく。
 そんな状況でも君は冷淡なままだった。思わず顔をゆがませてしまうけど、やはり君から手を離せない。

「お願いだから、君から掴んでよ!」

 精いっぱい叫んだ。
 君の表情は崩れない。



「神は罰するか」
 人生で初めてこんなにも心が躍っている。今まで一度も恋愛なんかしたことないけれど、君という存在にこんなにも魅了されている。
 まるで新しい世界に連れ出されたように普段の景色すら見え方が変わって、今まで感じたことのない魅力が君から流れ込んでくる。

 この心は。

 許されないことなんだろうか。

「嫌だ」

 それでもどうか許してほしい。

 きっと美しすぎるだけだから。
 そんな理由なんだ。

 人間と定義されるDNA配列。
 それが作り出すもの。
 君はそんなものを超えていく。

 君という存在が。
 ただただ純粋に君という存在だけが見えてしまう。

 肉体を見ていない訳じゃない。それは否定しない。
 だけど。

 惹かれてるのは君なんだ。



 すっかり夜となって、花火が打ち上がっている。会場には家族や恋人、友達同士、一人で来てる人だっている。着ているものも様々で、普段着だったり浴衣だったり。
 それを通り過ぎて君の家に行った。
 辺りに喧噪はなく、歩いてる人もほとんどいない。
 遠くを彩る大輪と、その音がここまで届いている。

 それを二人でベランダに腰かけて見ていた。すぐ隣に君がいる。きっと今なら何をしたって誰も見ていない。

「ねえ」
 声を掛けた直後、喉が詰まるような感覚に襲われた。言いたいのに、言葉がつっかえて出て来ない。
 そして。
 ふと、こんな暑い夏の夜だというのに、汗が引くのを感じた。
 胸を押さえる。

 あれ……?

 どうして――

 どうしてこんなに……寂しいんだろう。

 少し動けば手が触れる。肩が触れる。体温すら感じられそうな距離にいて、他の誰も自分たちのことなんか見えていなくて、だから誰の目も気にしなくていいのに。

 それなのに。

 どうしてこんなに……。

「綺麗だね」
 君は花火を楽しそうに見ている。
 君はいつの間にか浴衣を着ていて、長い袖は腕を覆い隠している。
 自分を見てみれば、半袖のままだった。

「ねえ、お願い」

 そんな言葉に君は振り向いてくれて、考える時間なんか与えないようにすぐさまキスをした。
 振り回されてるような感覚がする。
 それを振り払うようにキスを続けようとして。
 途端に足元が崩れた。



 勉強机に突っ伏した姿で彼某かのがしは目を覚ました。寝惚け眼はうように焦点を動かし、机の上の鏡で止まる。
 そうだ、夕飯を終えて、勉強してたんだ。
 鏡の横にスマホがあって、姿勢はそのままに時間を確認する。夜の十一時。何時間寝てたんだろう……。
 ハハッ……。
 乾いた笑いが心で響く。くだらないことだった。

「あ」
 背中に上着が掛けられているのに気づいた。母親だと察して、穏やかに息がこぼれる。
 直後、顔が静かにゆがむ。
「感謝はしてるよ。でも……」

 我が子の本性を、両親は気づいているんだろうか。
 本当のことを知っても、それでも同じように接してくれるだろうか。

「怖いな」

 でも。

「きっと、どうなっても大丈夫」

 理解してくれるなら言うまでもなく。
 ダメだったとしても、高校卒業と同時に離れればいいだけだから。

 表情は淀んだまま上着を優しく掴んで、彼某かのがしはそっと立ち上がった。そしてスマホを手に取ったとき、液晶に通知。
「…………」
 ああ、ほんと。困らせるのは君だけだよ。

「君は全部知ってるんだから」

 メッセージ――
『明日、朝練あるから先行く』

 たぶん、きっと。
 一緒に行くなんて言っても意味はない。
 深読みなんてしてくれない。
「あとで返信すればいっか」
 上着を羽織ろうと広げてみれば、長袖だった。
 それに気づいた途端、彼某かのがしの身体がぶるりと震えた。肌寒い。自分を抱きしめるように腕を回す。

「……まだ三月みたいに冷える」

 寒い。
 寒いなぁ。

 彼某かのがしは鏡を見た。
 大切に、そっと伏せた。

『分かった。頑張って』
 メッセージを送った。

 胸が痛い。
 痛くて痛くて仕方ない。

 だから。

 彼某かのがしは上着を羽織って部屋を出た。



 ねずみ色の空はちらちらと雨が降り、傘を差す人は数名といった具合。そんな春の日の放課後。
「部活お疲れさま」
「そっちも勉強お疲れさま」
 校門で待ち合わせして、二人は並んで帰路を行く。
 友達は長袖で、彼某かのがしは袖をまくっていた。

「今日はいつもより疲れてるね」
「うーん……? いつもとあんまり変わらないと思うけど……。まあ、めちゃくちゃしごかれたのは間違いないね」
「そっか」

「でも無自覚なだけで、いつもより疲れてるのかも。普段からよく見てくれてるし」
「あー……、そうかな?」

「そうだって。これでも最高の友達だと思ってるんだから」

 胸があざのように痛い。

 でも、もう。
 愛がどうとか、恋がどうとか、どうでもいいや。
 余計なお世話だ。

「恥ずかしいこと言うなって。まったく」
「ははは、でも本音」

 これからも。
 このままで。

「ま、そう思ってくれるなら、友達冥利に尽きるのかもね」

 今日の続きを。

 信じるだけで。

※この作品は『ズッ友』をモチーフとしたものです。
※作中には個人の感覚や解釈、意図などが含まれていますので、あくまでファンアートとして理解していただけると助かります。

最後まで読んでいただきありがとうございます