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【SKCファン小説】僕は歌って行く

「行くぞ、みんなぁ!」

 少年は拳を振り上げて叫び、直後、帆が力強く何かを受けて、彼だけを乗せた小さな帆船が動き出す。無風の中で力強く張っている帆は、まるで胸を張るようだった。
 彼の白いシャツが太陽を浴びて燦々と輝く。海原の中にぽつねんと浮かぶその背中が、徐々に小さくなっていった。


 翌日はおお時化しけだった。狂喜乱舞に殴りつける雨と風は帆船を破壊しそうなほどで、束縛的な怒涛が立ち上がることを許さない。痛くて、寒くて、それでも少年は懸命にこらえていた。
 天気は更に荒々しくなる。僕が何かしたのか、と思わず天に問い掛けてしまう。出航して一日でこれはあんまりだ。それでも自然は容赦をしない。あまりの揺れと凍えで船に掴まる手に力が入らなくなり始めた。そんなときだった。
 今までで一番大きな波が暴力的なまでに船を突き上げたのだ。船は軽々しく転覆し、彼は真っ暗な海に突き落とされた。
 何も見えない。沈んでいく。
「っ――」
 彼はギラリと目を開き、上へと足掻いた。

「暇だなぁ」
「俺は練習があるんだけど」
「まあいいじゃん。付き合えって」
 顔の大きな少年が滑舌の悪い喋りで眼鏡の少年の肩に腕を回す。晴れ渡る海岸をさくさくと小気味よく歩いていた。
「昨日は荒れてたからな、ほら、面白いもん転がってる」
 何やら大きなものを見つけ二人は駆け寄る。
「これ、船の残骸か? 流されたのか……」
 眼鏡の少年は海へ視線を向けて、顔の大きな少年はその裏を覗き込み、顔が青ざめる。
「お、おい。誰かいるぞ!」手招きしつつ倒れている少年の顔を見て。「ああ!」
 見覚えがある様子で驚いた。眼鏡の少年も慌てて確認したが、首を傾げる。
「知ってるのか?」
「こいつ、俺の友達だ。てか、おまえも幼稚園同じだぞ」
「そうだっけ」
 まったく憶えがない。
「そんなことより、とりあえず救急車呼ぶぞ!」


 二日後、ガレージの中に船を作っている少年の姿があった。木に釘を打ち付けて、設計図を確認して、また釘を打ち付けて。
 近くには木材やノコギリなどが乱雑に置かれている。
 シャッターは開けっ放しで、彼を見かけた近所に住む同い年の青年たちがヘラヘラとやって来た。
「おまえまたやってんのかよ」
「バカは何があってもバカのままなんだな」
 冷やかしか。少年は作業を続ける。
「どうせまた失敗するだけだぞ」
「バカだからそんなことも分からないんだよな」
 ゲラゲラと笑って二人は去って行った。
 顔の大きな少年がやって来たのはちょうど彼らが笑いながら立ち去るところで、何があったか悟りすぐさま中を覗く。
 少年は釘を打っていた。
 力強く打ち付けていた。


 やがて船が完成して、彼は再び港に立った。
 心配になった顔の大きな少年と眼鏡の少年も駆けつけており、彼が船に乗り込む瞬間を見届けた。
「壮大な冒険をするんだ」
 彼はそう言って、船は動き出した。
「怯えてんじゃねーかよ!」
 顔の大きな少年が叫んだ。少年の身体は明らかに震えている。手を見れば分かる。必死に強がってるようだが、隠しきれていなかった。
 それでも少年は振り返らなかった。
 その代わり、帆を強く張った。
 船は進む。
 まっすぐ、遠くへ。
 やがて空は夕暮れとなった。
 海にぽつねんと浮かぶ彼はまっすぐ進路を見据えていた。
「僕が冒険をしているなら、きっとどこかの誰かも冒険をしている。だから僕は行くんだ。もう笑われないように、なめられないように」
 少年の声は震えていた。
 それでも船は突き進む。


 それから数日後、遠くの海岸で彼は打ち上っていた。両親に連絡がいって、それを耳にした二人も彼のもとに駆け付けた。
「もうやめろよ。おまえ、死ぬぞ」
 顔の大きな少年が厳しい表情を向ける。
「そうだって。これ以上は……」
 と眼鏡の少年もそう言ったが、それでも少年は首を振った。

「ちっぽけな存在になりたくないんだ」

 両手は悔しそうに握りしめられ、はっきり意思を宿した双眸そうぼうがそれを睨みつけていた。
「…………」
 これは説得しても無駄だな。
 顔の大きな少年は悟った。こいつはこれからも絶対に無茶をする。そうに決まってる。まったく、本当に手間のかかるやつだ。
 溜め息を一つして、彼は少年を指差した。

「じゃあ、俺たちも一緒に船を作る」

「…………は?」
 少年は睨みつけるように怪訝な顔を向け、同時に眼鏡の少年が「なんの話だ?」と無言で彼を見た。
 顔の大きな少年は威張るように言い放つ。
「人を集めてしっかりした船を作ろう」
 正気か、と思って悪態の一つ二つが口をきそうになったが、少年の頭にぽんとアイデアが浮かんだ。
「確かに、数がいれば見た目のかっこいいのが作れるかもしれない」
「いや見た目はいいからしっかりしたものを作るぞ」
 顔の大きな少年は呆れたように溜め息をつく。
 それを不安そうな目で見届けた眼鏡の少年もまた溜め息をつく。これはどうせ付き合わされるやつだ。


 それから三人で船づくりを始めたのだが、これがかなり難航した。お互いに意見が合わないことが多かった、というより、少年の考えが無謀すぎて二人が喧嘩してでも何か言ってやらないとマズいことが多かったのだ。このままではらちが明かない。
「新しいメンバーを募集しよう」
 少年が提案した。いい加減二人がうざかった。
「いいぞ」
「俺も賛成」
 適当な画用紙に丁寧な言葉で募集の張り紙を作成した。それを町の人が目につきやすいところに貼りまくって。

 そしてやって来たのは可愛らしい少女だった。

「私で良かったら手伝おうか?」
「なんで参加してくれるんだ?」
「いやあ、君のその熱意をなんとか叶えてあげたいと思ってね」

 これは逸材に違いない。と思ったし実際間違ってはいなかったが、ちょっと天然の入った感じの子だった。最初はどうなるんだと不安にもなったが、そんな彼女だからなんだかんだ空気をマイルドにしてくれていた。
 もちろん喧嘩は続いたのだが、眼鏡の少年が二人を止める役回りを演じて、それでなんとか解散は踏みとどまっていた。ときには放置することもあったが、それはそれで関係性をうまく回していた。


 それから数ヵ月、ついに船が完成した。
 それは多くの人には不格好に見える出で立ちであったが、それでも四人にとっては十分さまになっていた。
 四人は船に乗り込む。帆を張って、そして彼はかじを手にした。
 手が震えだす。
 それでも。
「行くぞ!」
 少年が怒鳴るように叫び、船が動き出す。胸を張るように、力強く進んでいく。
 港がすっかり見えなくなった頃、少女が楽しみな様子で少年を見た。
「もしかしたらどこかでクジラに会うかもしれないね」
 クジラ。
 その姿を思い描いて、それを振り払うように少年は力強く下を指差した。
「それでもこの船は凄ぇんだよ」
 そして。
 彼は遥かな水平線に向かって叫んだ。

「ぜってー笑わせねえからな」

※この作品は『怒鳴るゆめ』をモチーフとしたものです。
※作中には個人の感覚や解釈、意図などが含まれていますので、あくまでファンアートとして理解していただけると助かります。

最後まで読んでいただきありがとうございます