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【中編小説】恋、友達から

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『恋、友達から』がセクションごとに収録されます(全20セクションですが、全19本です)
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2021年11月の記事一覧

【中編小説】恋、友達から(013)

三章 城田萌絵と松倉彩  彩ちゃんの様子が、最近おかしい気がする。  期末試験の成績が上々だったことで浮かれているという訳ではなく、なんと言うか、まるで恋をしたかのような浮つきようと言うか。それはつぐみちゃんたちも同じ意見だったようで、 「あれは、恋だね」  つぐみちゃんは野次馬的な下卑た笑みをした。わくわくと声が弾んでいる。  翌週の金曜日、午前の授業でテストの返却が全て終わって教室全体が一喜一憂としたまま昼休みを迎え、いつものように教室の端に集まって最初の話題が

【中編小説】恋、友達から(012)

 翌日、月曜日。  困ったな、というのが正直な感想だった。  いつものように学校まで二人で歩いていく。 「どうしたの彩ちゃん、なんか悩み事?」 「えっ」つい驚いてしまった。「いや別に、特に何もないけど」 「そう? なんか難しい顔してると言うか、そわそわしてる気がする」  本当に萌絵は人のことをよく見てる。 「あー、たぶん昨日妹に怒られたからかな。映画があんまり記憶に残らなくて話に付き合ってあげられなくて」 「あらら。それは大変だったね」 「まあ私が悪いんだけどさ」  

【中編小説】恋、友達から(011)

 小学五年生のときクラスの男子に告白された。どうすればいいのか分からなくて流されるように「いいよ」と言ってしまい、だから最初は戸惑いしかなかったのだけど、小学生なりに相手に失礼だと思って今まで興味のなかった少女漫画とかを読むようになって、あとは一緒に遊びに行ったりして、それで少しずつ〝好き〟が何か分かるようになってきた。 だけど小学生の恋なんて短いもので、三ヵ月ほどで別れた。せいぜい手を繋いだぐらいで、ピュアなものだと思う。それでも悲しかったのは憶えていて、同時に、クラスで

【中編小説】恋、友達から(010)

 翌日は雨で湿度がえげつないことになっていた。天気予報では、今年は早めに梅雨が明けそうという話だったけど、こうしてがっつり雨が降っているのを見るとそれも怪しく思えてしまう。結果今日の体育も体育館でやることになり、特有のキュッキュが鳴り響いて授業が終わった。  体育は二クラス合同でやるため各教室で男女に分かれて着替えることになっている。着替えを終えてとりあえず待機しようと教室を出たところで。 「あ、体操服忘れた」  萌絵がぼそっと言った。 「なぜ忘れた?」  つぐみがもはや

【中編小説】恋、友達から(009)

 勉強が一段落して、約束通り絵を見せてもらうことに。  ベッドの下から縦長でプラスチックの漫画収納ボックスらしきものが一箱出てきた。それにカードがぎっちり入っている。千枚は軽く超えてるに違いない。 「はい、これなら全部見せられるから好きに見ていいよ」 「これならってことは、他にもあるの?」  口を滑らせたらしくばつが悪そうな顔をしたけど、誤魔化しきれないと思ったのか溜め息を一つ。 「描き始めたばかりの頃のが一箱と、最近買ったばかりのが一箱ある。最近のは見せてもいいけど、古

【中編小説】恋、友達から(008)

 例年通り七月になっても梅雨は続き、今日もまたジメジメと蒸し暑い。天気は曇りだけど、時折雲間から陽が差しており、余計に暑さを与えている感じだ。となるとクーラーの効いた教室から出たときの不快感はとんでもない訳で、移動教室のためにドアを開けた瞬間に襲い来るモワッとした空気にウッと顔を顰める。それによって視野が狭まったけど私はここで気を抜かない。目的の教室のある右へ歩き出そうとするタイミング。ここだ。 「逆」 「うわ」  萌絵が指摘されて変な声を出した。いつものことだけど、左に

【中編小説】恋、友達から(007)

二章 松倉彩と友達  久しく恋をしてないなって、ふと思った。  最後にしたのは……確か去年だ。十月の文化祭のとき同級生の男子を好きになった。私は写真部に入部していて(ほぼ幽霊部員だったけど)、文化祭の展示のために写真を貼り付けていたのだけど、そのとき一枚の写真にとても目を引かれた。  家屋に挟まれた路地階段――それを見上げるように撮ったもので、奥に一匹の猫がいた。やけにかっこいい顔をした猫で、その猫がまるで『付いて来い』と言わんばかりにこちらを見ているものだから「付いて

【中編小説】恋、友達から(006)

「悪いね萌絵、買い物付き合ってもらっちゃって」 「いいよいいよ。最近は芳乃ちゃんと遊べてなかったし。私も久しぶり画材を見れて楽しかったし」  芳乃ちゃんの横には画材の詰まった紙袋が置かれている。テーブルには紅茶のポットとパンケーキ。冷房が効いて湯気が立っている。そこそこ広いお店は七割方が埋まっており、私たちは隅に座っていた。 「芸大の受験勉強ってどのくらい大変?」 「うーん、私はあんまり大変に感じてないんだよねー。予備校の先生は面白いし、お題にどう応えるか考えるのも楽しい

【中編小説】恋、友達から(005)

 濡れた衣類を制服から下着まで浴室に干して備え付けの乾燥機を掛け始め、それから私たちは全裸で彩ちゃんの部屋へ服を取りに向かった。順番としては服から回収しておきたかったところだけど、びしょびしょの足で歩き回るのはダメという松倉家のルールにより却下。幸い今は私たちだけしかおらず、とはいえ人の家で裸というのは恥ずかしいので出来るだけ素早く二階に上がった。  それにしたって、彩ちゃんの家には何度も来ているけど、このシチュエーションは初めてだ。好きな人の家で全裸というのは色々と困ると

【中編小説】恋、友達から(004)

 初恋は女の子だった。中学生二年生のとき、クラスメイト。  今まで恋という恋をしたことがなくて時間は掛かったけど、それでもこれが恋なのだと自覚した。  女である私が、女の子を好きになった。  それがどれだけ他人に言えないことなのか、言うまでもない。  伝える勇気なんてなかった。片想いのまま月日だけが過ぎて行き、三年生にあがって違うクラスになったことを機に彼女とは廊下ですれ違うぐらいの関係になって、その気持ちはゆっくりと冷めていった。  初恋は叶わない。よく聞く言葉だ。で

【中編小説】恋、友達から(003)

 お父さんは仕事で夕飯はいつもお母さんと二人きりで摂る。 「ねえ、萌絵。彼氏はまだなの?」  テレビでバラエティ番組を見ながら、お母さんがそんなことを訊いた。 「お母さん、しつこい」  一ヵ月に一度はこの話題を持ち出している気がする。 「でも、もう高校三年生なのに、今までそういった話が一度もないって、お母さん心配になるんだけど。噂すら聞こえてこないし」 「もう受験生なんだから、そういうのはいいでしょ?」 「でもねぇ……。彼氏と一緒に勉強とかも青春って感じするしぃ……」

【中編小説】恋、友達から(002)

 私以外の三人は元々友達で、三年生になってちょうど隣の席だったつぐみちゃんの誘いで私はグループに入れてもらった。つぐみちゃんと葵ちゃんは小学生から、彩ちゃんは高校で友達になったらしい。  新しいクラスで、ほとんど初めましての相手だったけど、幸いにも一緒に居てもいいと思える相手だった。 「萌絵は今まで付き合ったことある?」  友達なのだから恋愛トークをするのも自然な流れで、私は素直に「無いよ」と答えた。そして彩ちゃんは言ったのだ。 「小学六年生のときに同じクラスの男子と付

【中編小説】恋、友達から(001)

一章 城田萌絵と友達  高校三年生にもなって単純と思われるかもしれないけれど、それでも、毎日同じアーティストの曲を聴き続けるようなそんな何気ないことの積み重ねがあったからだと思う。  六月中旬となり、断続的なジメジメした日にうんざりする中、今日も雨。 「萌絵、彩、行くよ~」  声を掛けたつぐみちゃんとその横には葵ちゃん。二人は廊下際の席で、私は慌てて道具を抱える。二つ前の彩ちゃんが数歩歩いた私の横に並んで、明るく仕方なさそうに。 「ほら、またペンケース忘れてる」