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金魚の発生学実験#10 原腸形成期から体節形成期

1.導入

水生動物学研究室主宰の太田欽也です。今回も皆さんに金魚の発生学実験について解説してゆきます。このNoteは動画版の「金魚の発生学実験」のテキスト版です。動画を見る前に内容を確認したい人や文字情報の方が理解が早い人はコチラをご覧ください。しかし、動画の方が圧倒的に情報が多いのでまずそちらをご覧になることをお勧めします。上のリンクから動画に飛んでいけるのでご利用ください。また、動画を見た後で文字で確認したい人もこちらのNoteをご利用ください。
 前回の動画で、Gastrula periodの前半、原腸形成期の早い段階まで見ていただきましたので、この動画ではその続きを見てゆきます。もし、まだ、前回の動画をご覧になられていない方は、先にそちらを見ていただくことをお勧めします。下にリンクを張っておきますのでご利用ください。それでは、やっていきましょう。

2. 胚盤が卵黄の半分以上を覆い始める

原腸形成期になると胚盤が卵黄を覆い始めます。そして、ステージが進むごとにその胚盤が覆う領域が大きくなっていきます。もう、卵黄の半分が覆われてしまいました。そして、だまだだ、胚盤の領域が広がっていきます。このように胚盤の領域が広がっていく変化は連続的です。なので、胚盤がどの程度卵黄を覆っているかをパーセンテージで表し指標としてステージの名前を付けていることを説明しました。
 つまり、側面から見た胚盤と卵黄の高さの比率をステージングインデックスとして用いて発生段階を見分けるようにしているわけです。そして、30%Epibolyなどのように名前が付けられます。もっと詳しく言うと、このEpibolyは「覆いかぶせ」という意味があるらしいのです。なので、30%Epibolyは「30%胚盤が覆いかぶさっているステージ」といった感じの意味になります。

3.Epiboly とBlastpore closure

ところが、このEpibolyはステージングインデックスとしてちょっと問題があったんです。それは、金魚の胚の特徴によるものです。なので、ここで、途中ではありますが、ステージングインデックスとEpibolyについて補足しておきます。
 Staging Indexはコミュニケーションのために重要なツールです。Staging Indexをうまく使うことで自分が観察した胚がどの発生段階にあるのかを簡単に表現することができます。一方で、どのStaging Indexを用いるかは注意が必要になってきます。それは、誰が見てもすぐわかり、見間違いが起きないStaging Indexを用いないと後のコミュニケーションが成立しなくなるからです。特殊な試薬や装置を用いなくてもパッと見てすぐわかる、形態物の数や形状を、Staging Indexに用います。
 そう考えると、胚盤と卵黄の形状に基づくStaging Indexはよさそうに思えるわけです。たしかに、胚盤や卵黄は簡単な実体顕微鏡があればすぐにこれらの大きさを確認できます。そして、Epibolyはゼブラフィッシュの発生段階表でStating Indexとして用いられていたこともあり、金魚に直接あてはめることで、ゼブラフィッシュとも比較しながら、原腸形成期の胚発生を記述できると考えられます。
 しかし、ここで注意していただきたいのは、ある生き物の発生段階表で用いられたStaging Indexが必ず別の生き物の発生段階表に当てはまるかどうかは実際しっかり観察してみないとわからないのです。
 金魚とZebrafishは近縁な魚類です。なので、ほとんどのStaging Indexを共通に用いることができます。しかし、いくつかのStaging Indexには、その発生の在り方に違いがみられ、比べることが困難な場合があります。これは、金魚とZebrafishは違う種なので当然の話です。
 そして、胚盤が卵黄を覆う過程が両者ですこし異なっていることがわかっています。つまり、この過程を金魚とZebrafishでまったく同じように比較できないのです。
 この金魚の卵のタイムラプス動画で見ていただける通り、金魚の受精卵の卵黄は発生の過程でこのようにウネウネ、ビクビク動くんです。しかし、一方で、ゼブラフィッシュの卵黄は胚発生の過程を通じて、その形をあまり変えることはありません。なので、この卵黄と胚盤の高さを比べる方法はゼブラフィッシュの胚を研究する上では適していると言えるのですが、金魚には最適とは言えないわけです。
 つまり、金魚の場合、卵黄の高さが変わってしまうので、場合によってはちょっとズレが出てくるのです。なので、我々が金魚の発生ステージ表を作る際にEpibolyだけをStating Indexに用いると正確な発生段階を記述できないのではないかと考えました。
 なので、自分たちで、ほかにもっと良い方法が無いかと模索しました。そして、胚盤の領域から卵黄が飛び出しているBlastoporeと呼ばれる穴の直径と動物局側から見た胚の最大の直径を比べることで発生段階を決めることにしました。
 このBlastoporeの広がり具合を表すBlastopore closureとEpibolyの両方を合わせてStating Indexとして、用いることで、より正確に金魚の胚発生段階を言い表せるようになります。

4. Bud stage

さて、ここまでくると、Blastoporeはほぼ完全に閉まってしまいました。この胚盤が卵黄を覆う過程を原腸形成というのですが、ここで、原腸形成が終了します。そして、この胚発生の段階はBudステージと呼ばれます。
もう、このステージまでくると、Blastoporeの大きさなどの指標は使えなくなります。なので、ここからは次の指標である、体節の数を見てゆくことになります。しかし、その前に、ちょっと、このステージになるとわかりやすい構造が見えてまいりますので確認しておきましょう。
 一つは神経板です。神経管の元になる板です。基本的に脊椎動物の神経は体のど真ん中に太い神経の管として通っており、それが頭の方では大きくなり、脳をなしているわけです。でも、これ、今までの原腸形成の時期やその前の段階では、脳や神経の管に相当する明らかな構造が見えませんでした。というのは、もともと、そのような神経の管は板のような形をしているからです。
 では、実際にその板がどこに見えているかというと、このBudステージのこの辺りです。頭の部分も同様に正面から見ると平たい形をしています。この板のような構造が、のちに管のような構造になります。
 そして、ちょっと、考えてもらいたいのは、私たちの背骨はどちら側にあるかというと、名前からお分かりの通り背中側にありますね。そして、神経の管も背中側に通っています。そうなると、コチラの神経板のある方が背中側になります。これで、前回の動画でこちら側が背中であるといった理由がわかっていただけれると思います。
 また、前回の動画でお見せした、Shieldステージで見えた頭部になる部分。あの部分は一番上、つまり動物局側に来ています。そして、、ここに頭部の神経の管が出来てまいります。あと、神経管と同じぐらい大事な脊索という組織もあるのですが、ちょっと、このステージだと説明が難しいので次の段階に行きます。

5. Segmentation Stage体節形成期

はい、Budステージになってからです。ちょっと、この背中の方に注目しておいてください。なんか、ポコポコとした構造ができてまいりましたね。この構造は体節と呼ばれる構造です。この体節の構造が節節しているので、この時期の胚にはセグメンテーションピリオドという名前が当てられています。日本語だと体節形成期などといったりします。
 都合のいいことに、このセグメンテーションピリオドは体節の数を数えることで発生の進み具合を見ることができます。つまり、体節の数が良いステージングインデックスになるわけです。なぜ、一定の時間あたりで一つずつ増えていくのかについてですが…これはこれで、いろんな意味で動画にしようとすると大変なことになります。なので、どうしても解説してほしい方がおられたらコメントをください。
 いずれにせよ、この体節を使うと、都合よく、発生段階の違いを言い表すことができます。なので、この時期の胚を細かく分けたい場合は体節の数を数えて名前を与えることにします。英語だと体節をSomiteと呼ぶので、5つの体節を持った胚を5Somiteステージと読んだり、日本語では5体節期と名前を付けて呼びます。この時期もめまぐるしく形を変えていきますが、今までの期間とは違った変化の様式を見せます。
 いままでは丸いだけだった卵黄も形を変えてきます。そして、頭部の神経管のあちこちにふくらみが見えてきます。これは、頭部の神経がほかの体の神経に比べて複雑な構造を作るからです。もっと後の段階になると、前脳、中脳、後脳がよりはっきりと見えてきます。目の元になる眼胞とよばれる構造や、耳の元になる耳胞が見えてまいります。こういった特徴は、体節の数が10個を超えたあたりでより見えやすくなります。
 そして、ここを見ていただくと透明の丸いものがこのしっぽの先っちょに入っているように見えます。これはクッパー氏胞と呼ばれる構造です。細胞に囲われた空間があって繊毛が並んでます。そして、左右の違いを生み出す機能を担っています。もう、このステージになり始めると卵黄の形もかなり変化しています。
 そして、卵黄の一部がほかの卵黄の部分とは違ってきています。この辺りの卵黄が伸びてきているのがわかります。Yolk Extensionと呼ばれる構造です。体が長くなるのにつれて、卵黄もこの部分が伸びるのです。確かに、体節がドンドン増えていくにつれて体も伸びていこうとしている感じです。
 そして、体節の数が20ぐらいに差し掛かったあたりで、胚は体をくねらせ始めます。この体節から派生した細胞が動く機能を持った筋肉に変わりつつあるからです。この、体節という構造はこのあと、筋肉だけでなく腱や骨格、皮膚など体を支える組織に変わっていきます。なので、元の形が失われてしまうのです。このような胚の間しか形を留めていない組織は、成体の体を見てもイメージがわきにくいので、今、見ていただいている映像を見てイメージを養ってください。 
 ここまでくると、体の真ん中に透明な一本の筋が明らかに見て取れます。コレが脊索です。もっと、早い段階ですでに出来上がっているのですが、先ほども述べた通り、ちょっと早いステージだと見にくいのです。なので、ちょうど、脊索が見やすくなった、この段階で説明するタイミングでしょう。
 この脊索も先ほどの体節同様、大きくなると見えなくなってしまう組織の一つです。ヤツメウナギやヌタウナギのような脊椎動物では、大人になっても脊索の構造を留めているのですが、金魚のような真骨魚類や私たち人間のような硬い背骨を持っている脊椎動物だと、脊索が背骨に置き換わってしまいもともとあった組織学的構造が見えなくなってしまいます。
 さて、ここまで、生きている胚をみながら、いろいろとこの時期の特徴的な構造を解説してきましたが、もうちょっと詳しく見たいので組織切片を作ってみてみます。これはおよそ20体節期の胚のこれらの部分の組織切片像です。先ほどの説明したのちに眼になる眼ほうを見てみると、にできかけのレンズや周囲の細胞に囲まれた空間が見えます。じほうの中にもこうした空間があることが見て取れます。
 そして、体節ですが、この角度で切ると、このように整然と体の左右両側並んでいることがわかります。そして、脊索とくっついてますね。
 では、ちょっと、考えてみてください。なんで、そもそも、脊索みたいな大人になったらなくなってしまうような構造が金魚の胚のこの時期に現れるのか。ちなみに、金魚だけでなくほかの脊椎動物や脊椎動物と祖先を共有していた無脊椎動物にも同じ構造が見て取れます。
 必要なくなったらポイと捨ててしまえば良さそうなものですが、そうはいかなかったのですね。その本当の理由はまだまだ謎がいっぱいなのですが、この脊索は神経管や体節と連絡を取り合って、細胞組織をさらに分業化させる役割を持っていることが知られています。たとえば、先ほど体節の一部が筋肉に変わることを説明しましたが、その際に、この脊索が大切な役割をになっていることが知られています。そうなると、そうそう簡単に要らなくなるという事態にはならないことが考えられます。
 このような、単純な外部からの自然選択の圧力で簡単に変わらなかった細胞組織器官の進化を考えるときに、発生過程も考慮する必要があることは心にとどめておいてください。また、後に作る予定の金魚の進化発生学の動画シリーズではそのあたりも説明していきたいと思います。

6.まとめ

はい、金魚の体を形作る役者がそろってまいりました。今回も前回に続いていろいろと用語が出てきましたのでまとめておきましょう。前回と重複しているところもありますが、むしろ何度も聞いていただく方が良いと思うのでここで説明します。
Gastrula period: 日本語で言うと原腸形成期です。この胚盤のくぼんでいくところを原腸というのでこの時期を原腸形成期と呼びます。
Blastopore、この穴ですね。この穴の縮まり具合を指標としてもちいると胚発生の段階をうまく記述できます。
Segmentation period 体節形成期。
この体節。Somiteという構造が出来上がってくる時期です。
Otic vesicle:のちに耳になる場所です。
Optic vesicle:のちに眼になる部分。
Notochord:脊索で大事な場所ですね。
 これから、ドンドン出てきますが、名前を出来るだけ覚えていきましょう。そうすると、胚の写真や動画を見た時の解像度が劇的に上がります。生き物の体は単純なマルや三角や四角のようなわかりやすい形をしておりません。非常に複雑です。その複雑な体のつくりをイメージする助けとして個々の部位に名前が付けられています。
 覚えましょう。そして、記号的に覚えるだけでは覚えずらいですし、意味がありません。なので発生のプロセスを物語としてとらえて役者の顔ぶれや役回りを把握しながら物語を追って、楽しみながら体系的な知識として身に着けてください。そうしていただけると嬉しい限りです。
 さて、次回の予告です。
今回見ていただいた胚の体節の数が20を超えてきました。そうなると、別の変化が胚体に出てまいります。そして、これいじょう発生が進むと咽頭胚期と呼ばれる時期になります。次回はその咽頭胚の胚について詳しく解説していきたいと思います。おまちください。それではまた。

文献

Kimmel, C B, C B Kimmel, W W Ballard, W W Ballard, S R Kimmel, S R Kimmel, B Ullmann, B Ullmann, T F Schilling, and T F Schilling. “Stages of Embryonic Development of the Zebrafish.” Developmental Dynamics : An Official Publication of the American Association of Anatomists 203, no. 3 (1995): 253–310. https://doi.org/10.1002/aja.1002030302.

Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013), Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283. https://doi.org/10.1002/dvdy.24022

Li, I.-J., Lee, S.-H., Abe, G. and Ota, K.G. (2019), Embryonic and postembryonic development of the ornamental twin-tail goldfish. Dev Dyn, 248: 251-283. https://doi.org/10.1002/dvdy.15

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