見出し画像

案外 書かれない金継ぎの話(10) 器の状態の把握と調整

金継ぎをするには、いろいろと準備が必要になりますが、器の状態を把握して調整しておく事も大切な準備の1つになります。漆にベストな仕事をしてもらうために、器の状態にも気を掛けておきましょう。

直す器の状態 

ヒビ止めだけに限らず、金継ぎをする器は
  1.完全に乾いている事
  2.冷えていない事
という2点が大前提となります。さらに補足として
  3.薬剤で漬け置き洗いをした器は、薬剤抜きをする事
があります。

薬剤抜き

見落としがちな3番から説明をしますが、除菌・消臭・脱色の目的で、漂白剤の漬け置きをしたことがある器は、その後の処置が不十分だと素地や釉の貫入などに薬剤が残留している可能性があります。吸水性のある陶器はもちろん、磁器も素地が露出した箇所や、釉に傷が多いものは残留している事があり、そのために漆が乾かなく(固まらなく)なる事があります。
特にキッチンハイター(塩素系漂白剤)オキシクリーン(酸素系漂白剤)など界面活性剤を含む強いアルカリ性洗剤は、陶磁器内に残留すると漆の酵素にダメージを与え硬化不良を起こします。
基本的に陶磁器を洗剤や漂白剤に長時間漬け置きする洗浄はお勧めしませんが、漬け置きした場合は24時間程度は真水に漬け(場合によっては何度か水を取り替えて)薬剤抜きをする必要がありますし、修理前にも改めて薬剤抜きする事をお勧めします。

乾燥させる

漆は初期硬化の際、空気中の水蒸気を利用して酸素を取り込み、その後、不要になった水分を放出しますが、この時、器に水分が残っていると循環が上手く出来ず酸素の取り込みが遅くなります。
また、2番にも関係しますが、水分を保有していると気化熱により器の温度が下がるため漆の酵素の活性も悪くなります。その結果、器が湿っていると漆の乾きが悪く、接着強度も落ちるので十分に乾燥させておく必要があります。
磁器は器の芯まで吸水する事はほぼ無いので乾くのも早いですが、陶器は吸水すると芯まで水が入り込むため常温で完全に乾かす事は難しくなります。リビングに出しておけば1日くらいで乾くと思う方もいらっしゃいますが、表面的には乾いて見えても、芯はほぼ乾燥しないと言って良いでしょう。
器を乾かすには、電気あんかやホットカーペットを使い、室温より高い温度にして水分を蒸発させます。ドライヤーや布団乾燥機の温風で器を温めると早く乾きます。夏の天気が良い日であれば、窓の近くに置いて天日で温めて乾燥させる事も出来ます。

冷やさない

漆は酵素(ラッカーゼ)が働いて硬化を開始します。酵素は25℃近辺が最も活発に働き、40℃を超えると活性が失われるという説明はよく目にしますが、温度が低すぎても働きが悪くなります。MR漆は10℃でも乾くという事ですが、経験的には15℃を下回るとかなり時間が掛かるようになります。錆や刻苧など厚みのあるものは更に時間が掛かります。一般的な漆の場合は本当に乾くのか?と思うほどベタベタしたままです。
これは気温を前提とした話ですが、漆が接触する陶磁器そのものの温度も漆の乾き方や流動性に大きく影響します。室温が20℃でも、夏は建物からの赤外線の影響で器は温まりやすく、冬は赤外線の影響が少ないため冷たくなる傾向があります。それを踏まえて漆を固めるなら器の温度は20℃を超えている事が絶対条件と考えた方が良いでしょう。
夏は器の温度が低すぎる事は無いでしょうが、冬は器の温度が15度以下になることは普通にありますし、冷えた部屋から暖かい部屋に移動させても陶磁器というのは温まるまでけっこう時間が掛かります。今は赤外線温度計が安価になったので器の温度も簡単に測定できるようになりましたが、温度計を使わなくても触って明らかに冷たいと感じる場合は低すぎと判断できます。漆の乾きは悪くなりますし、ヒビ止めでは漆の流動性が落ちて厚手の器だと中まで浸透しなくなることもあります。気温は気にしても器の温度に気を配らないため失敗してしまうという原因は、意外に気付かない人が多いように思います。
器の温度が低い時は、器の乾燥で記載した方法などで温める必要があります。私は、小さい器はカップウォーマーや平型ソフト電気あんか、大きなものや厚みのある器は小さめのホットカーペットの上に乗せたり巻いて温めています。背の高いものは寝かせておくと全体が温まりやすいです。触って冷たくない程度であれば十分なので、オーブンなどで高温に加熱する必要はありません。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?