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案外 書かれない金継ぎの話(18)漆のパテ 錆と刻苧

今回は漆と粉体で作るパテの話になります。
なお、漆で作るパテは地方や個人差により同じ名称でも使用材料や混合比にかなり違いがあります。厳密な定義は無いようなので、概ねこんな感じという説明になります。その点をご了承下さい。

漆のパテ(充填剤)

陶磁器の傷には、口辺が1mm角程度に小さく欠けた『ホツ(チップ)』、表面の釉が剝がれて取れてしった『釉剥げゆはげ』、釉剥げよりも深く素地が露出している『削げそげ』、欠片が紛失している『欠け』、大きく開いたヒビの『れつ(クラック)』といったものがあります。その他、焼成前、または焼成中に生じた窯傷かまきずや、骨董品こっとうひんに多い目跡めあとなどもありますが、窯傷や目跡はケースバイケースで見所みどころ(器の個性として残した方が良いと判断した箇所)として直さない時もあります。
これらの傷は、実用上、明らかに使い難い、使うと危険な場合、漆のパテで充填じゅうてん修理をする事が出来ます。漆のパテは、ざっくり説明すると、接着剤の漆に骨材となる粉体を混ぜたもので、さび(錆漆)と刻苧こくその2種類があります。

さび(ペイント式修理パテ)とは

漆に鉱物粉(砥の粉とのこ地の粉じのこ)を混ぜた厚塗りの出来るペイント剤が錆(錆漆)です。本来は、木胎の表面を堅牢にするためや、凹凸を強調する装飾の下地として使用されますが、肉厚で塗れるため金継ぎではパテとしても使われます。
砥の粉だけで修理用パテになりますが、地の粉の錆を使った後、砥の粉の錆で平滑調整をするといった粉体(粒度)の使い分けをする事もあります。

メリットは、陶磁器と相性が良く、乾くとかなり硬くなり実用範囲であれば温度による変形も起こりません。砥の粉と漆だけで作った錆を刀剣の仕上げ砥石として使うこともあるそうなので、かなり硬度があります。
ホツ、削げ、裂、比較的大きめの欠けまで広く対応出来ます。

デメリットは、乾くと非常に硬いため切削加工に時間がかかります。
厚みが増すほど乾くのに時間がかかり、厚過ぎると表面だけが乾き内部は乾かなくなります。1回の塗りは3mm辺りが上限なので、それ以上の厚みが必要な時は砥の粉の粒度を変えながら何度か塗り重ねる積層せきそう作業が必要になります。下地が完全に乾いてしまうと上に塗った錆が剥離するため、塗り重ねのタイミングが難しく積層作業は難度が高めです。
また、乾く時に収縮するので、大きめの欠けの修理は十分に練った錆を均一な厚みで塗らないと薄い部分にヒビが出る事があります。
輪島地の粉わじまじのこ」のように加熱した鉱物粉を使う場合は、粘りや可塑性かそせいが無いので姫糊ひめのり(米から作るデンプン糊)を加えて調節する必要があります。

ちなみに、縄文時代には炭粉を混合した錆を下地に使用したことが確認されていますが現在では失われた技術となっています。炭粉を混ぜると漆にアスファルトのような粘りを出すことが出来ます(可塑性はありません)。縄文時代には既に接着剤として天然のアスファルトが使われていますので、炭粉の混合はそうした事と関連が あるのかも知れません。

刻苧こくそ(モデリング式修理パテ)とは

本来は隙間や穴を埋めるために植物繊維と糊(漆芸の場合は漆)を混ぜたものが刻苧です。縄文時代の出土品で、木粉もくふんと植物繊維と炭粉を漆と混ぜた刻苧で隙間を埋めた竹籠が見つかっているので、古来から使われているパテであることが分かります。
金継ぎでは主に破片の紛失した箇所を形成するため使われます。

現在はかなり刻苧が意味する範囲が広く、木粉(おが屑)のみ、微細木粉に繋ぎとして刻苧綿こくそわたを加えもの、粘着性の補助として続飯そくい(うるち米から作るデンプン糊)または盤石糊ばんじゃくのり(小麦粉から作るグルテン糊)を加えたもの、砥の粉・地の粉の鉱物紛を漆に加えたものなどいろいろあります。
組み合わせは様々ですが、要するに、成形目的で繋ぎを入れたモデリング剤が刻苧と考えると分かりやすいと思います。陶磁器の金継ぎでは、乾く際の収縮(肉痩せ)で亀裂が生じ難いよう、錆に繊維質を加えたものと考えて頂くと良いでしょう。

刻苧のメリットは、かなり大きな欠けを比較的早く成形することが出来る。木粉を使った刻苧は柔らかいため錆に比べると切削加工せっさくかこうが楽になる。繊維の効果で硬化後は耐衝撃性に優れている点などがあります。

デメリットは、厚みが増すほど乾くのに時間がかかること。錆よりも厚めに盛り上げることが出来ますが厚過ぎると内部が乾かなくなるのは錆と同様です。繊維質のため錆よりも若干、食い付きが悪かったり、繊維が多くなると研磨で表面が荒れやすい点。また、木粉の種類によっては陶磁器と相性が悪く、使っていると経年で反りが出て浮いたり、取れてしまう事があります。

錆と刻苧の概要は以上になります。
次回は、私が実際に使っている錆や刻苧について私見を交えて詳しく解説したいと思います。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

<参照:縄文時代に使われた漆>


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