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案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 5 合成樹脂金継ぎの基礎知識(後編)

市販の接着剤やパテは、説明書を読まず何となくの経験則で扱っても、それなりの結果を得る事が出来るようになっています。しかし日常的に動かしたり洗ったりといった負荷が掛かる実用品の修理に用いる際には、説明書の内容を厳守しないとメーカーが明示している強度や安全性は担保されません。特に、修理のかなめになる二液性のエポキシ樹脂は一様に橋架けした網目構造を形成している必要があり、説明書にはそのための細かい注意書きが記載されています。
後編では合成樹脂の接着剤やパテの注意書きを参照し、それが何を意味しているかを説明したいと思います。

正確な計量と混合

2液性のエポキシ剤は、主剤と硬化剤を過不足なく反応させるための正確な計量と混合が必要です。どちらか一方の液が多すぎると強度が低下したり、最悪の場合は硬化不良で固まらなくなります。一般的にメーカーが指定した比率に対しての誤差は5%以内が適切と言われています。
例えばコニシ ボンドクイック5の説明書きを見ると「塗布と張り合わせ」のところには次のように書かれています。

A剤・B剤を等量(質量比)しぼり出し、ヘラで均一になるまでよく混ぜる

コニシ ボンドクイック5の説明書き

この説明でのポイントは2点あり

  1. 比率は重さを基準にし2液は同じ重さであること

  2. 混合する時はヘラを使うこと

です。更に、その下の表を見ると

気温30℃下で、混合後、塗布と貼り合わせは3分以内
気温20℃下で、混合後、塗布と貼り合わせは4分以内

に完了するようにと記載があります。
塗布と貼り合わせは意外に時間を取られますので、混合作業をどれだけ効率的に行うかが重要だと分かります。そのためにヘラが必要なわけです。

雑誌記事の作業説明やワークショップ写真で2液を竹串や爪楊枝で混ぜているのを見ることがありますが、水を掻き混ぜるならともかく粘性のある液の場合、棒ではマーブルになるだけできちんと混合するのは至難の業。これでは硬化不良個所が出来てしまう上に、未反応の剤による人体への影響の危険もあります。
市販の接着剤にはヘラが付属しているものが多いのですが、これはメーカーがノベルティとして付けている訳ではなく説明書きに沿って作業を進めるための必需品として入っているものなので、勿体ないとか面倒だと思わずきちんと使用しましょう。

作業環境と養生環境

表に記述されている予測時間は、一定の温度下で試験・計測されたものです。つまり、作業中と作業後に温度変化の無いことが前提となっており、途中で温度が変化すると硬化の反応が変わってしまいます。
樹脂の反応時間は温度に依存しますが、温度の上下に反応が追従するという単純なものではなく、途中で温度が急に変化すると硬化不良を起こして固まらなくなることもあります。
自宅で作業する時は温度が大きく変わることはないと思いますが、ワークショップのあと自宅へ持ち帰るなどでは移動中に温度変化が大きい可能性がありますので、運搬容器は出来るだけ温度変化が小さくなるものを用いる必要があります。

樹脂の硬化は3段階

漆も同様ですが、硬化には「動かなくなる」「固まる」「安定する」という3つのポイントがあり、各ポイントに達するまでの必要時間というものがあります。
これは樹脂の反応開始から

  1. 接着したものに軽く力を加えても動かなくなるまでの時間

  2. 実用に問題の無い強度に達するまでの時間

  3. 反応が終わり完全硬化するまでの時間

です。なお上記の通り、各時間は反応に関わる要因(たとえば温度)によって変化します。

ちなみに漆の場合は本編第3回で解説しましたが、酵素が漆を固めるまでに数時間~24時間(20℃、湿度65%)。酸化重合が進んで被れのリスクがかなり低減され硬度や耐水性が概ね安定域になるまでが2,3か月(20℃)。酸化重合が終わり完全硬化するまでが半年(20℃)、となります。

セメダイン エポキシパテ金属用では説明書きに

混合したら3~4分以内に作業をおえて下さい
10分(23℃)で実用強度に達しますが、ヤスリがけ、塗装は24時間(23℃)たってから行ってください

という記載があります。

セメダイン エポキシパテ金属用の説明書き

つまり、

  1. 動かなくなるまでが5分程度

  2. 実用強度が出るまでが10分

  3. 完全硬化までが24時間

だと分かります。
なお、実用強度までの時間は長短ありますが、エポキシ樹脂に限らず大抵の樹脂接着剤は完全硬化まで24時間くらい掛かるそうです 。

ワークショップの問題点

ここで特に注意しなければいけないのが「ヤスリがけ、塗装は24時間たってから」という部分です。これは、粉塵を出したり、異なる種類の樹脂と接触させるのは、エポキシ樹脂の反応が終わって完全硬化してからでないと安全を保証できませんという事を意味しています。
合成樹脂の金継ぎワークショップは、大抵が2~3時間程度、かなり余裕を持ったものでも半日程で金蒔きまでの全工程を行いますので、24時間経過前にエポキシ樹脂に手を加えることになります。つまり注意書きに沿った使用が行えません。
塗布に使う合成うるしは粘性が高いため、大抵は塗りやすくなるよう有機溶剤で希釈します。下地のエポキシ樹脂の硬化反応が未完了で網目構造が十分でない状態に、表層を削り有機溶剤で希釈した合成うるしを侵食させてしまうわけですから何かしらの問題がでる可能性も考えられます。
しかも、どういった問題が起こるのかは、恐らくこれまで検査されたことはなく、当然、ワークショップを開催している側も認識していないのではないかと思います。
更に、参加者は翌日から、家にある器や友人知人の器も同様の手順で修理してしまうかもしれませんし、もしかしたら店で使う食器としてお客さんに出しているかもしれません。

合成樹脂を使用した短時間ワークショップの一番のリスクは、個々の材料の安全性についての認識があるとしても、実際に安全が推奨される方法で作業が行われていない事、ではないのだろうかと私は考えています。
ハウツー本を参考にしたり、ワークショップに参加して合成樹脂の金継ぎを覚え、今後も続けたいと考えている方は、教えられたことを鵜呑みにせず、自分が使うの材料の注意書きをよく読み直してから個々に作業内容を検証して行って頂きたいと思っています。

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(c) 2023 HONTOU , T Kobayashi

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