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案外 書かれない金継ぎの話(12) 作業後の片付け

作業で使った道具は、きちんと洗浄すると長持ちします。漆は固まると薬剤を使っても除去が出来なくなりますので、作業後は早めに洗浄しましょう。今回はヒビ止めで使った道具の片付けについてです。

パレットの片付けと漆の保管 

最初のうちは漆を出し過ぎてパレットの上に残っているかもしれません。極少量でしたら、揮発性油とティッシュペーパーで拭き取っても構いませんが、拭き取るのは勿体ないなぁと思う量でしたらサランラップに移して保管する事が出来ます。(敢えてサランラップと商品名を書いたのは、経験上、サラン樹脂が丈夫さや密着性でお勧めできるからです)

サランラップは二重にしておくと丈夫です。
第9回の道具の説明で記載したシリコンヘラでパレットの漆をすくってサランラップに移します。木製やプラスチックの作業用ヘラがある方は、それを使う事も出来ます。
筆の穂(毛の部分)に含まれている漆も、筆が痛まない程度の力加減で押し出しサランラップに移します。

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筆の漆をシリコンヘラでこそぐ

漆をサランラップに移し終えたら、揮発性油とティッシュペーパーでパレットを拭きます。揮発性油は瓶から直接だと無駄に使ってしまうので、私はジェットオイラーという油さし容器に小分けにして1,2滴をパレットに落としてからティッシュペーパーで拭くようにしています。

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ジェットオイラー

出来るだけ漆に気泡が入らないように注意してサランラップを折り畳みます。そのまま抑えるだけでは密着が悪いので、上からクッキングシートを乗せヘラや定規などで漆を寄せながら密着させると密封できます。マスキングテープを貼っておくと、後で開くのが楽です。

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サランラップで漆を密封する

筆の洗浄

筆の洗浄は、解説本によっていろいろな油が推奨されています。どの油を使うかは毛質により異なりますので、自分の使っている筆の穂の原材料は把握しておく必要があります。筆は大別すると人工毛天然毛混合毛の3種類があります。

毛質

人工毛(合成繊維)は、ほとんどがナイロン製です。熱に弱いですが、基本的に傷みにくいので揮発性油で洗って終了です。テレピン(松の精製油)、灯油などがよく使われます。テレピンは画材店で購入できます。

天然毛は、テン(イタチ)、兎、狸、馬、羊、漆刷毛は人毛(海女さんの髪が上質だそうです)を使う事もあり、用途に応じていろいろな動物の毛があります。
毛のキューティクル(タンパク質のうろこ状の膜)を摩擦や乾燥で傷めないよう不(半)乾性油で洗います(揮発性油で洗ってから不(半)乾性油を使って筆を整える方法もあります)。不(半)乾性油は菜種油、椿油、コーン油などの植物油がよく使われます(ゴマ油やオリーブ油は粘度が高いため洗浄としては扱いにくい)。スーパーなどで買える調理用のもので問題ありません。好みの粘度の油を選べば良いと思います。植物性のほかに鉱物性のベビーオイルも使えます。
荏油、亜麻仁油、紅花油(サフラワー油)などの乾性油は使わない方が良いでしょう。

混合毛は人工毛と天然毛を混ぜたもので、ホルベイン社のリセーブルが有名です。天然毛が含まれるので扱いは天然毛と同じです。

補足:油の種類について

油には大別すると乾性油かんせいゆ不乾性油ふかんせいゆ揮発性油きはつせいゆの3種類があり、個々の性質を理解して使い分けます。

乾性油は、空気中の酸素を取り込んで固まる(重合する)性質を持つ油です。荏油、亜麻仁油、桐油、クルミ油などがあり、オイルフィニッシュという木材の表面保護剤としても使われたりします。
光沢を出したり、褐色を薄める目的で漆に混ぜることもあります。

不乾性油(半乾性油)は、空気に触れていても固まらない油です。半乾性油は長時間放置すると固まってくる油ですが、固まるのに時間がかかるため漆芸では不乾性油として扱われることが多いようです。不乾性油にはツバキ油,オリーブ油,ラッカセイ油,菜種油,ヒマシ油。半乾性油にはゴマ油、コーン油、紅花油などがあります。
天然毛の洗浄や保護として使われます。
ちなみに漆に約60%含まれるウルシオールは不乾性油(半乾性油)の区分になりますが、液中に含まれる酵素の働きにより硬化が促進されるため、非常に早く固まります。

揮発性油は、油をよく溶かす性質を持つ油で、揮発力が高く乾くとほとんど成分が残りません。代表的なものはテレピン(松油)。鉱物性のものではぺトロールがあります。蒸発は遅いですが灯油も揮発性油です。
溶解力が高いので、漆を希釈したり、粘性が出て固まり始めてしまった漆の付いた筆も綺麗に洗うことが出来ます。

洗浄方法

まず、パレットに適量(数滴)の油を出し、筆の穂によく馴染なじませます。
次に、付け根をシリコンヘラの先で軽く叩くようにして、溜まった漆を溶かし出します。
油が汚れてきたら穂の油をティッシュペーパーに吸わせてから、パレットの綺麗な場所に新しい油を出し、同じように揉み出しを行います。付け根に残った漆が固まってしまうと、穂先が開いて筆が使い物にならなくなるので、しっかりと漆を取り除いておく必要があります。なお、穂の先端は傷みやすいのでヘラで押さないようにして下さい。付け根から穂の中程までの漆を揉み出し、ティッシュペーパーに吸わせる作業を繰り返せば、穂の先端は触らなくても洗浄されます。

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筆の漆を揉み出す

何度か繰り返し、油が汚れなくなったら、穂の油をティッシュペーパーに軽く吸わせてから、指で穂の形を整えて終了です。天然毛は、穂のキューティクルが乾燥しないよう油は完全に取り除かず筆に少量残します。たまに筆を油でギトギトにした状態で仕舞うよう勧めている解説を見ますが、多すぎる油は軸を傷めることもありますので、穂先が油で少し湿っている程度で十分です。
人工毛はそのまま筆立てに立てておいて大丈夫です。
天然毛は不乾性油が付いてベタベタしているので埃が付いたりしないよう筆箱に入れて保管します。半乾性油を使った時は油が酸化して固まらないようサランラップで穂を包んでおく事もあります。しばらく使う予定がない時はカビたりするのでシャンプーとコンディショナー(リンス)で洗ってから、きちんと乾かして保管します。トリートメントはしなくて大丈夫ですが、高価な筆を使っている人はたまにトリートメントまでする事もあるようです。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

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