読書ノート:『国家』(上)(プラトン著、藤沢令夫訳 岩波文庫) ①:本書の背景雑感

1 プラトンとソクラテスどちらの思想?

 読んで初めて知ったのだが、本書は全編をとおしてソクラテスとその知人・弟子との対話により展開されていく。ソクラテスは著作を残さなかったが、プラトンがその言行を著作に残す形でソクラテスの思想は後代に伝わったというのは有名な話である。
 物語の作者が主人公に語らせる言葉は、まず間違いなく作者本人の言いたいことであり、作者が読者に伝えたいメッセージである。そうすると、本書『国家」でソクラテスが語るのは、彼の思想のようであり、作者プラトンの思想のようでもある。後代のわれわれは、本書をプラトンの思想書として理解している(と思う)が、同じ形式でプラトンが著した『ソクラテスの弁明』の内容は、ソクラテスの思想として理解している。そのあたりの切り分け整理はどうなっているのだろう。
 このような疑問が浮かんでしまったのは、本書で展開される対話があまりに生き生きと、かつ迫真性に富んだものであるからだ。だから、これってソクラテスの思想だよねと思ってしまうのだ。話が少し複雑になると議論の筋道や問題意識を整理するやり取り(しかもなかなかにユーモラスな)が挟まるので、読者は脱落せず読書を進めることができるだろう。

2 衰退するアテネを復活させよう

 以下は関連年表である。
前478頃 デロス同盟結成(アテネ隆盛) 
前470頃 ソクラテス出生
前443~ ペリクレスによる執政(於アテネ、~前429)
前431  ペロポネソス戦争(スパルタの勢力強まる)
前427  プラトン出生
前429  ソクラテス、デルフォイの神殿で神託を受ける
前407  ソクラテスとプラトンが出会う
前404  ペロポネソス戦争で終結(アテネの敗北、衰退へ)
前399  ソクラテス刑死
前374  プラトン死去
前371  レウクトラの戦い(テーベの台頭、スパルタの衰退)

 以上のように、プラトン(前427年~前347年)が生きた時代は、都市国家アテネがかつての栄光を失い、衰退の一途をたどる時代であった。
かつてアテネは、ペルシア戦争でギリシア世界の独立を守り、デロス同盟の盟主として多くのポリスの上に君臨した。その後ペリクレスの時代に民主制アテネは最盛期を迎える。しかし、プラトンが20代のころ、生前からのペロポネソス戦争(スパルタを中心とする反アテナのポリス連合軍との戦争)が集結し、アテナはこの戦争に敗北した。スパルタからの強い圧迫を受けてアテネの政治は混乱し、デマゴーグス(衆愚政治)と呼ばれる政治家が私利私欲を図る風潮が横行した。プラトンの師ソクラテスが刑死させられるのも、このころである。このころプラトンは28歳であった。
 やや時期がくだって、テーベがスパルタを破り台頭するが、そのころにはポリス社会自体が全体として衰退していた。具体的には市民皆兵の原則が崩れ、戦争で傭兵に頼るようになったのである。ポリス内の結束が崩れ、市民としての誇りや公共心も失われた。構成員が奉仕しない社会体制は、力を保持できない。プラトンの死後、北方で力を蓄えたマケドニアがポリス世界全体をほぼ征服し、ギリシア世界全体が世界史における存在感を失っていく。
(以上はわたくし筆者のにわか勉強の成果です。)
 本書『国家』の時代設定は、ペロポネソス戦争の最中である。その後のアテネの敗戦と衰退を知るプラトンは、どうやったらアテネを守ることができたのかを考えて、本書を執筆したように思えてならない。その証左として、本書には、戦争に勝てる指導者であることが理想の支配者の要件であることが繰り返し述べられている。数学、天文学、忍耐強さ、勇気、節制の心など、支配者が備えるべき様々な素養や資質が論証されるたびに、二言目には「戦争に勝てる」ことがその根拠に挙げられるのだ。
 プラトンは、本書を通じて敗戦の原因を敗戦し、再びアテネに繁栄をもたらすためにあるべき国家の体制を論じたのではないか、というのが筆者の感想である。
(おそらく続く)




 

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