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第7回 入院時や入院前から退院後のことを考える

総合内科流 一歩上を行くための内科病棟診療の極意(7)
森川暢 市立奈良病院
第7回 入院時や入院前から退院後のことを考える

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現在の超高齢化社会における急性期病院の役割として、急性期内科疾患を治癒させるだけでは不十分と言えるでしょう。外来、訪問診療、病棟をシームレスに繋げるような配慮が必要です。

筆者の尊敬する病院家庭医である大浦誠先生が、ブログで“日本版Extensivist”という概念を提唱されています[1]。急性期だけではなく、急性期が落ち着いた後のケア、さらに退院後のケア、それに加えて、次回の入院を防ぐための予防のケアという視点が必要です(表1)。

そのためには、病棟を点で捉えるのではなく、切れ目のない循環の一部と捉える必要があります。病棟は、外来や訪問診療と違って、充分に時間を取ることが出来るということが一つの特徴です。それを活かして、退院前カンファレンスを、多職種連携を行う場として有効利用することが可能です。

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表1.日本版Extensivist[1]
①→②→③→④→①…の循環で、病院、在宅など含めて治療が必要となります。

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※ACSC=Ambulatory Care Sensitive Conditions
※ACP=Advance Care Planning

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症例(病棟の極意・実践前)

93歳女性。大動脈弁狭窄症による心不全の急性増悪による入院を、ここ数か月で2回繰り返している。今回も急性心不全で入院した。心不全が改善したため、退院とした。しかし、退院後1週間で再度心不全の急性増悪を起こし、入院となった。重症の急性心不全であり、挿管で人工呼吸器管理となった。家族からは、「人工呼吸は望んでいなかったのに…」というクレームが入った。

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【極意】

ここでは、表1に基づき、Sub-Acute、Post-Acute、Pre-Acute 、Post-discharge careを病棟でどのように意識するか、心不全を例にして考えます。

① Sub-Acute

Sub-Acuteと言うのだから、「急性期が落ち着いてから考えれば良い」と思うかもしれません。心不全では、「利尿薬で浮腫や呼吸状態が改善したくらいから考えれば良い」ことになります。しかし、実はこれでは遅く、入院時からSub-Acuteを意識する必要があるのです。

例えば、退院調整、リハビリが挙げられます。

退院調整については、早期に自宅に帰るか、転院するかなどの方針を立てることで、入院期間の短縮に繋がります。そのためには、介護保険などの社会資源、家族構成、家族の介護力などの情報が必須であり、ソーシャルワーカーに早期に介入してもらうことが重要になります。必要に応じて、ソーシャルワーカーからケアマネージャーに連絡を取ってもらうと良いでしょう。

リハビリに関しても、急性期から開始することでADLの低下を防ぐことが可能になります。病棟でのリハビリという考え方も重要です。具体的には、安静度を日々見直して、病棟で寝たきりにならないように工夫をします。これらを行うためには多職種カンファレンスが重要であり、医師は、看護師、リハビリセラピスト、ソーシャルワーカーの意見を吸い上げることを心掛ける必要があります。

栄養状態の評価には、MNA®-SF(Mini Nutritional Assessment Short Form)というスクリーニングツールが有用です。日本語版もあるので有効活用していただきたいです[2]。明らかな低栄養、食欲不振、体重減少などを認める場合は栄養サポートが不可欠である、と意識するだけでも良いでしょう。低栄養が疑われる場合は、NST(栄養サポートチーム)への依頼や管理栄養士との連携が重要になります。特に管理栄養士は、医師が思いつかないような視点で提案をしてくれることもあるため、積極的に相談すると良いでしょう。

なお、院内に専門医が常に在籍していることも急性期病院ならではの強みです。主治医として該当科の専門医と連携を取りながら、主治医の意向を患者さんや家族、在宅チームに伝えることも重要です。

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② Post-Acute

Post-Acuteのフェーズは、在宅医療への橋渡しと考えて差し支えありません。

急性期病院に勤務していると、このフェーズは転院先の病院で考えてもらえれば良いと感じるかもしれません。確かに、この領域を主に担うのは、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟であり、介護保険の調整などは通常、急性期病院の役割ではありません。

しかし、急性期病院でもこの役割を発揮する必要があります。具体的には、施設から急性期病院に入院し、そのまま施設へ帰るケースや、在宅医療のチームが濃厚に介入している症例でそのまま在宅に帰るケースが挙げられます。

例えば、心不全のターミナルで何度も入退院を繰り返しているが、患者さん本人と家族は最期まで在宅での診療を希望される場合を考えます。この場合は退院前に、退院前カンファレンスを行ったほうが良いでしょう。

病院側のメンバーは、入院主治医だけでなく、循環器内科専門医、病棟看護師、リハビリセラピスト、ソーシャルワーカーが揃うことが理想です。少なくとも主治医、ソーシャルワーカー、病棟看護師がいることが望ましいですが、主治医があらかじめ各関係者から情報を収集しておくと、カンファレンスがスムーズに運びます。

在宅側のメンバーは、ケアマネージャーは必須で、他にも在宅医、訪問看護師、訪問ヘルパーの参加が望ましいです。在宅医と顔が見える関係が出来ていれば、このフェーズはスムーズに行われるでしょう。

Post-Acuteフェーズにおけるケアマネージャーの重要性はどんなに強調してもしすぎではありません。在宅チームにおける介護面の実質的なリーダーはケアマネージャーです。病院にいるとケアマネージャーの重要性が理解しにくいかもしれませんが、在宅医療は基本的にケアマネージャーが作成したケアプランを中心に組み立てられています。つまり、十分なケアプランを作成するためにも、退院前にケアマネージャーと情報共有することが重要になるのです。

施設に退院する場合は、施設職員とケアマネージャーを交えてカンファレンスを行い、情報共有することが有効です。情報共有する項目として、アドバンス・ケア・プラニング(Advance Care Planning:ACP)は欠かせません。

心不全であれば、「人生の最後をどこで過ごしたいのか」「人工呼吸器は使うのか」「モルヒネを使うのか」などについて、患者さん本人と家族の意向を共有する必要があります。このような意向は、在宅チームや施設の職員がよく知っていることもあります。また、入院中に変わる可能性もあります。

アドバンス・ケア・プランニングとは、何かを決めることではありません。これまでの人生をどのように歩み、どのような価値観を大切にしてきたかを共有するプロセスに他なりません。そのすり合わせを、病棟チームと在宅チームで行う必要があるのです。その際に、病棟主治医が自分の価値観を押し付けるのではなく、受容的姿勢でチームメンバーの意見を尊重することが重要です。

また、急性期病院であっても複雑性の高い病態に出会う機会はあります。例えば、認知症ターミナルステージで誤嚥性肺炎を繰り返しているケースで、家族が医学的適応の乏しい胃瘻の増設を強く希望している場合などです。そのような症例では、「臨床倫理の4分割法」に基づいてカンファレンスを行うことが有用です(表2)[3][4]。時間的にそこまでは難しかったとしても、これを意識しながら退院前カンファレンスを行うだけでもスムーズに行くでしょう。

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③ Pre-Acute


Pre-Acuteフェーズは、急性期病院で担うことはあまりないかもしれません。しかし、再入院予防のためにも、前述のPost-Acute充実させ、在宅チームと連携を図るという視点が重要になります。

また、急変時は急性期病院がバックアップをしてくれるという保証は、在宅チームにとって非常に心強いものです。例えば、病院への紹介基準を在宅チームと共有しておくことも重要です。

このフェーズで重要になる概念が、Ambulatory care-sensitive conditions(ACSC)です。ACSCとは、「適切にマネジメントすることで、不必要な入院を防ぐことが出来る可能性のある状態」と定義されます[5]。これらの病態で不要な再入院をさせないためにも、Post-Acuteフェーズでの退院前カンファレンスが重要です。

心不全であれば、利尿薬のコンプライアンス不良を防ぐために、在宅チームと服薬カレンダーの設置を協議することが重要でしょう。さらに、心不全が悪化したときに起こりうる症状について、患者さん・家族に十分に教育をする必要があります。「体重がベースラインより2kg増えたらすぐに在宅主治医に連絡する」というのも有効な手段です。

また、誤嚥性肺炎であれば、不要な再入院を防ぐために、ポジショニングや嚥下食について、入院中に調整した内容を、在宅チームに正しく引き継ぐ必要があります。ACSCでの再入院を防ぐという意味でも、退院前カンファレンスと退院後の病院外来でのフォローは重要になります。

④ Post-discharge care
退院後のケアを急性期病院が担うことは少ないです。ただし、医学的に不安定な場合などは、退院後すぐに病院の外来でフォローしてから在宅チームに引き継ぐ、という手も考えられます。

在宅医療の現場では、検査を速やかに行うことが出来ません。

心不全であれば、在宅に戻って塩分摂取量が増加することも考えられます。そのため、退院後に病院外来で検査を施行し、必要に応じて利尿薬の調整を行うことも可能です。

この際も、在宅医やケアマネージャーとの連携を意識すると良いでしょう。

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■ 極意 ■

●急性期病院であっても退院後、ひいては次回の入院を防ぐという視点を持つべし。
Sub-Acute、Post-Acute、Pre-Acute、Post-discharge careを循環的に考え、切れ目のないケアを提供するために連携を意識する。

※在宅医療を一度も経験していないとイメージが湧きにくいかもしれませんが、出来るだけ想像力を働かせて、退院後のことを考える必要があります。再入院を防ぐために病棟で出来ることは山のようにあります。皆様の参考になれば幸いです。

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■症例(病棟の極意・実践後)

93歳女性。大動脈弁狭窄症による心不全の急性増悪による入院を、ここ数か月で2回繰り返している。今回も急性心不全で入院した。今後も再入院のリスクが高く、ソーシャルワーカーに介入を依頼した。

長女夫婦と3人暮らしで、長女は熱心に介護していた。患者さん本人からも、「出来るだけ家にいたい。器械に繋がれてまで生きたくはない」という思いを聴取できた。

循環器内科の主治医に相談したところ、現状では利尿薬による調整やモルヒネなどの緩和ケアのフェーズであることが確認できた。

主治医、病棟看護師、ソーシャルワーカー、ケアマネージャー、在宅主治医、訪問看護師、訪問ヘルパーによる退院前カンファレンスを行った。

在宅チームからは、「本当に呼吸困難が出現した場合、ご家族では診きれないのではないか」という指摘があった。また、患者さん本人からも、「在宅で過ごしたいが、最期は病院で過ごしたい」という思いを聴取できた。

そのため、「出来るだけ在宅でケアをしつつ、呼吸困難が出現した場合は入院し、病院で最期を迎える」という方針になった。また、自宅での塩分摂取過多の指摘が在宅チームからあったため、退院後に外来で利尿薬の調整を行うことになった。

その後、退院後1か月間は在宅で過ごすことが出来たが、再度心不全が悪化し、呼吸困難が出現したため病院に救急搬送された。最後はモルヒネの持続皮下注射を使用し、病院で看取りを行った。家族からは、「いい最期を迎えられた」という感謝の言葉があった。

【参考文献】
[1] ブログ 南砺の病院家庭医が勉強記録を始めましたhttps://moura.hateblo.jp/entry/2020/03/08/170846
[2] MNA®-SF 日本語版 https://www.mna-elderly.com/forms/mini/mna_mini_japanese.pdf
[3] Jonsen AR, 他. 臨床倫理学 第5版. 新興医学出版社.2006.
[4] 週刊医学界新聞ホームページ モヤモヤよさらば!臨床倫理4分割カンファレンス https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03059_02
[5] Purdy S, et al. Ambulatory care sensitive conditions: terminology and disease coding need to be more specific to aid policy makers and clinicians. Public Health. 2009 Feb; 123(2): 169-73. 

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■著者略歴

森川暢(市立奈良病院)

2010年  兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科

■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論

■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢

■現在連載中
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める


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