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第14回 DVT予防について

総合内科流 一歩上を行くための内科病棟診療の極意
著:森川暢(市立奈良病院)
第14回 DVT予防について

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整形外科術後の深部静脈血栓症(DVT)予防は認知されつつありますが、内科病棟ではDVT予防の認知度はまだ低いのではないでしょうか。原則として、全ての内科急性期病棟に入院した患者さんにおいて、DVT予防について考える必要があります。今回は、内科病棟に入院した初日にDVT予防を行うべきかを考えたいと思います。

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症例(病棟の極意・実践前)

変形性膝関節症がある肥満の76歳女性が下肢発赤で来院し蜂窩織炎の診断で入院した。蜂窩織炎は浮腫も伴い難治性であり、蜂窩織炎が改善するまでは床上安静とした。入院後1週間経過すると下肢発赤が消失したため、歩行を開始した。すると、看護師から右下腿部の明らかな腫脹と疼痛を認めると報告があった。下肢静脈エコーを行ったところ、右大腿静脈に明らかな血栓を認めた。造影CTでは軽度の肺塞栓も認めた。循環器内科にコンサルトし、安静が必要で、リハビリは中止し、直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)による治療が開始された。血栓の拡大傾向は認めなかったが、廃用が進行し寝たきりに近い状態となったため、地域包括ケア病院に転院となった。 

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【極意】

① DVTリスクの評価

DVTのリスク評価としては「Paduaスコア」が広く知られています[1]。Paduaスコアは「MedCalX」という無料アプリで簡単に計算できます。なおMedCalXはその他のスコアもすぐに計算できるため、研修医の先生にはスマートフォンにインストールすることをお勧めします。Paduaスコアは表1の通りです。

表1.Paduaスコア
活動性のある癌:3点
静脈血栓症の既往歴:3点
活動性の低下:3点
既存の血栓症:3点
1か月以内の外傷や手術:2点
70歳以上:1点
心不全 or 呼吸不全:1点
急性心筋梗塞 or 脳梗塞:1点
急性感染症 or リウマチ性疾患:1点
肥満(BMI≥30):1点
ホルモン治療をしている:1点
※上記の合計が4点以上で血栓の高リスクである。

実際に、急性期病棟に入院したハイリスク群に電子カルテを用いてDVT予防を行った研究では、介入群で明らかにDVTと肺塞栓(PE)の発症率が低下したという報告もあり、DVT予防は非常に重要と言えます[2]。

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② DVT予防方法

DVTはどのように予防すれば良いでしょうか?

現実的にエビデンスが確立しているのは抗凝固療法です。抗凝固療法によりDVTの発症率は明らかに低下しますが、出血リスクも増加するとされています[3]。

なお、弾性ストッキングは、意外なことにDVT予防のエビデンスは乏しく、さらに皮膚潰瘍などの合併症を増加させるため、DVT予防に関しては基本的には効果は乏しいと考えて良いでしょう[4]。むしろ弾性ストッキングは血栓後症候群の予防効果が示唆されているため、基本的にはDVTと診断した後に使用するものであると考えます[5]。

また、抗凝固療法ですが、整形外科術後や外科術後であれば低分子ヘパリン(エノキサパリンナトリウム)、フォンダパリヌクスナトリウム、さらにはDOACであるエドキサバンが使用可能です。実際に、整形外科術後や外科術後における抗凝固療法の必要性は認知されつつあるように感じます。

しかし、内科疾患の予防に関しては、ヘパリンカルシウムの皮下注射しか保険適応となっておらず、内科急性期入院患者における抗凝固療法の必要性はまだ日本では浸透していないように感じます。実際に、現時点で内科病棟のDVT予防に使用できる抗凝固薬はヘパリンカルシウムしかない状況ですし、さらにヘパリンカルシウムは全ての病院で採用されているとはいえないかもしれません。ヘパリンカルシウムが院内に無い場合は取り寄せをする必要があり、これが内科疾患へのDVT予防のハードルの高さの一因かもしれません。

具体的なヘパリンカルシウムの使用方法は以下の通りです。

ヘパリンカルシウムの使用法
ヘパリンカルシウム5000単位 皮下注射 1日2回 12時間間隔で

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③ 抗凝固療法

A) 出血リスクを考える
抗凝固療法には、前述のように出血リスクが伴います。出血リスクが高い場合は抗凝固療法を行わないほうが良いと言えます。これは、心房細動の予防において抗凝固療法を行うかどうかについて、CHADSスコアで塞栓リスクを考え、HASBLEDスコアで出血リスクを考えて、どうすべきか判断するという方法と基本的には同じ考えです。DVTにおける出血リスクは表2のようにされています[6]。

<表2.DVTにおける出血リスク>
○リスクが特に高い
・活動性の消化管出血
・過去3か月以内の出血
・血小板が5万/μL以下

○リスクが高い
・85歳以上
・PT-INR>1.5
・腎不全(GFR<30以下)
・IUC or CCU入院
・中心静脈カテーテル
・リウマチ性疾患
・悪性腫瘍
・男性

※「リスクが特に高い」項目が1つでもあれば出血の高リスク
※「リスクが高い」が2つ以上あれば同様に出血の高リスク

上記のように出血リスクを鑑みて、実際に抗凝固療法を行うかを決定します。出血の高リスクと判断する場合は、基本的に抗凝固療法は行わずに、理学療法を行います。

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B)理学的療法で予防する
出血リスクが高い場合は、理学療法によるDVT予防が優先されます。

前述したように、弾性ストッキングにはDVT予防効果は認められていません。唯一エビデンスがあるのが、間欠的空気圧迫装置(フットポンプ)です。ただしこれも脳梗塞急性期におけるランダム化比較試験があるだけで、実際のところはまだ不明です[7]。とはいえ弾性ストッキングよりはエビデンスが豊富であり、理学的療法の中ではフットポンプの使用が推奨されます。

ただ、フットポンプはICUならともかく、病棟セッティングで使用することは困難かもしれません。その場合はエビデンスが乏しいことを理解したうえで、弾性ストッキングを使用することはあります。

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C)抗凝固療法の予防投与の期間について
抗凝固療法の予防投与をいつまで行うかについては明確になっていませんが、Up to Dateでは退院まで抗凝固療法を行うことが多いと記載があります[8]。特にリスクが高い症例は、入院中は抗凝固療法を継続しても良いかもしれません。

一方で、リハビリ転院をするような症例であっても抗凝固療法を継続すべきかについては、明らかではありません。退院後に抗凝固療法を延長してもDVT発症率の改善には寄与できなかったという報告もあります[9]。

現実的には、十分に離床できるまでは抗凝固療法を継続し、離床が進んだ段階で抗凝固療法を中止するという戦略を筆者は取ることが多いです。

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D) 抗凝固療法の適応について
Q1.下肢遠位のDVTに抗凝固療法をすべきかどうか
A1.下肢遠位(下腿部静脈内)のDVTに抗凝固療法すべきかどうかは、実は明確になっていません。Up to Dateでは、以下の状況で下肢遠位のDVTに抗凝固療法を行うべきとしています[10]。

Q2. 下肢遠位のDVTで抗凝固療法を行うべき状況とは?
A2. このような状況は、表3の通りです。

<表3.下肢遠位のDVTであっても抗凝固療法を行うべき状況[10]>
○症候性(症状が強い)遠位DVT

○無症候性でも下記のようにリスクがある場合は治療を考慮
・誘因がないDVT
・D-dimer >500 ng/mL
・血栓が大きい( >5 cm in length, >7 mm in diameter)
・近位に近づいているDVT
・悪性腫瘍など介入できないリスクがある
・DVT、PEの既往歴
・入院中
・長期の安静が必要


よって、下肢遠位のDVTでは、無症候性であっても入院中であれば、予防も兼ねて抗凝固療法の対象になると思われます。特に、なんらかの原因によって一時的にADLが低下している場合は、抗凝固療法を行うことで、致死的な肺塞栓や近位DVTの予防効果が期待できます。

毎日、左右差のある下腿浮腫などのDVTの徴候を診察することも重要ですが、一時的に寝たきりになっている症例で抗凝固療法をしていない場合では、たとえ無症状であっても下肢静脈エコーをチェックすることに一定の意義があると筆者は考えています。

Q3.【実践】 DVTリスクが高く、出血リスクが低い場合に、急性期内科入院患者の全例で抗凝固療法を行うべきでしょうか?
A3.上記のエビデンスは全て、欧米の試験の結果が元になっています。実際に日本では炎症性腸疾患を対象とした後ろ向きコホート研究で、炎症性腸疾患は7.1%と比較的高頻度に静脈血栓症を認めますが、それ以外の消化器疾患は0.88%の頻度しか認めていません[11]。

少なくともICUに入室するような患者さんでは、欧米のガイドライン通りのDVT予防を行うほうが良いと思われます。しかし、一般病棟の内科急性期患者の全てに欧米のガイドライン通りに抗凝固療法を行うことは、潜在的な出血リスクのほうが問題になるのではと感じています。

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④ 早期離床の大切さ

上記より、DVT予防において最も重要なのは早期離床であると筆者は考えています。特に、早期に離床が可能であると予想できる場合は、リハビリテーションの早期導入と離床を優先させる方が理に適っていると感じます。入院の早期に離床をしてしまえば、DVTのリスクは減少させることが期待できるからです。

また、仮にDVTが見つかったとしても、基本的には抗凝固療法さえしていれば、可能な限り早期の離床が推奨されています[10]。ただし近位の巨大なDVTでは、現実的には肺塞栓のリスクが高いので必要に応じて循環器内科医にコンサルトを行うなど柔軟な対応が必要かもしれません。

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⑤ DVT予防診療のステップ

上記を踏まえたうえで、筆者はDVT予防に関して下記のようなステップで診療を行っています。

1)血栓リスク評価 Padua スコア 4点未満なら予防不要
2)出血リスクが高い場合 ⇒ 早期の離床、フットポンプ(なければ弾性ストッキング)
3)出血リスクが低く血栓リスクも低いが早期離床が可能 ⇒ 早期の離床、フットポンプ(なければ弾性ストッキング)、必要に応じて下肢静脈エコーのフォロー
4)出血リスクが低い場合で早期離床が難しく、血栓リスクが高い ⇒ ヘパリンカルシウム

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■ 極意 ■

●血栓リスクと出血リスクを勘案し、DVT予防目的の抗凝固療法を適切に行う
●早期リハビリテーションによる早期離床を心掛け、廃用だけでなくDVT予防にも努めるように意識する

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症例(病棟の極意・実践後)

変形性膝関節症がある76歳女性が下肢発赤で来院し、蜂窩織炎の診断で入院した。蜂窩織炎は浮腫も伴い難治性で臥床傾向であった。Paduaスコアは5点(年齢、肥満、活動性低下)であり、下肢静脈血栓の高リスクであった。出血リスクは認めず、早期離床も困難であったため、ヘパリンカルシウムによるDVT予防を入院時より開始した。その後早期にリハビリを導入し、蜂窩織炎の改善に伴い徐々に離床を促した。入院後1週間で蜂窩織炎は治癒し、リハビリを継続することでADLもほぼ元通りに改善した。下肢静脈血栓の徴候も認めず、ヘパリンカルシウムを中止し自宅退院となった。

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【参考文献】

[1]S Barbar, et al. A risk assessment model for the identification of hospitalized medical patients at risk for venous thromboembolism: the Padua Prediction Score. J Thromb Haemost. 2010 Nov; 8(11): 2450-2457.

[2]Nils Kucher, et al. Electronic alerts to prevent venous thromboembolism among hospitalized patients. N Engl J Med. 2005 Mar 10; 352(10): 969-977.

[3]Raza Alikhan, et al. Heparin for the prevention of venous thromboembolism in acutely ill medical patients (excluding stroke and myocardial infarction) . Cochrane Database Syst Rev. 2014 May 7; 2014(5): CD003747.

[4]CLOTS Trials Collaboration, et al. Effectiveness of thigh-length graduated compression stockings to reduce the risk of deep vein thrombosis after stroke (CLOTS trial 1): a multicentre, randomised controlled trial Lancet . 2009 Jun 6; 373(9679): 1958-1965.

[5]Sara Azirar, et al. Compression therapy for treating post-thrombotic syndrome. Cochrane Database Syst Rev. 2019 Sep 18; 9(9): CD004177.

[6]Susan R Kahn, et al. Prevention of VTE in nonsurgical patients: Antithrombotic Therapy and Prevention of Thrombosis, 9th ed: American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guidelines. Chest. 2012 Feb; 141(2 Suppl): e195S-e226S.

[7]CLOTS (Clots in Legs Or sTockings after Stroke) Trials Collaboration. Effectiveness of intermittent pneumatic compression in reduction of risk of deep vein thrombosis in patients who have had a stroke (CLOTS 3): a multicentre randomised controlled trial. Lancet. 2013 Aug 10; 382(9891): 516-524.

[8]Prevention of venous thromboembolic disease in acutely ill hospitalized medical adults.Up to Date.

[9]A Sharma, et al. Extended thromboprophylaxis for medically ill patients with decreased mobility: does it improve outcomes? J Thromb Haemost . 2012 Oct; 10(10): 2053-2060.

[10]Overview of the treatment of lower extremity deep vein thrombosis (DVT) .Up to Date.

[11]Katsuyoshi Ando, et al. The incidence and risk factors of venous thromboembolism in Japanese inpatients with inflammatory bowel disease: a retrospective cohort study. Intest Res . 2018 Jul; 16(3): 416-425.

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■著者略歴

森川暢(市立奈良病院)

2010年  兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科

■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論

■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢

■現在連載中
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める



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