見出し画像

1本の電話

 昼間、スーパーで買い出しをしている最中、ポケットの中で携帯が揺れている。

ん?電話か?と思い見てみると 画面には知らない番号が表示されている。ただ、何か用事かと思い、出てみると 相手は先日銀行で担当してくれたヒトだった。

 先日、一通りの手続きを済ませたのちの帰り際、外まで見送りに来た後、、彼女から「何のお仕事をされているんですか?」と尋ねられた。

私は業種を答え、何故かついでに今の仕事は一生やろうとは思っていない、他にもやりたいことがあるという胸の内を話していた。自分の中の迷いも。するとそのヒトも言った。

わたしも実は目指しているところがある、と。今は経験値としてこの職に就いているということも。

第一志望ではなく、受かったのが銀行とまた別の企業だったらしい。そして彼女はここを選んでいた。

そして彼女は私に 今の職業は、大変かもしれないけど同時になりたいとわざわざ目指す人も世の中にはごまんといるのだということを言った。

見た目から歳はそんなに離れていないだろうな、と思いつつ話を聞いていたら2つ上だと言うことが分かった。 こんなことを言うと失礼だが、プライベートでは気が合うようなタイプではなかった。醸し出す雰囲気や表情から。この出会い方だから話す相手だった。

 電話口で名乗られ、私は先日のやり取りを思い出した。そして彼女は言った。

「3月で退職となりましたのでご挨拶のお電話をさせていただきました。」

唐突で驚いた。と同時に、彼女の転職先が気になってしまった。

「ハイ、ハイ、、ありがとうございました。」と同調してごくありふれた社交辞令を言う。

あちらは1分ほどで「ありがとうございました。失礼致します」と言い私も「失礼致します」と言った。

30秒程の沈黙が続く。

あ、そういえばあちらからの電話だ、こちらが先に切るものであった、とハッとする。

ちょっとした沈黙の後小さな声で言ってみた。

「あの、、、」

すると相手方も「はい」と答えた。

「先日はありがとうございました。あの、、お聞きしてもいいかは分からないのですが、もしかして、、」

「はい!実は あのお話をした時は、まだ第一に面接も始まっていない時でして、、」

やはりそうだった。彼女は、目指していた業種に合格し、4月からそこで働くことになったといった。目指していた業種というと少し語弊がある。彼女の第一本命は教職で、実際には事務職になったと言う。

今思えばあの時彼女が言った言葉の意味が身に入ってきた。彼女もその1人だったのだから。

 なんだかさっきまでの身体の重みがふわっと軽くなった。そして光を見たくなった。

店の端へ行き、カゴを椅子に置いた。

「私も、続けていますよ。今年もいまの場所で働きます」と伝えると、

「本当ですか!なんだか嬉しいです。もしかしたら○○さんも4月から職が変わっている、、なんてことがあるかと思っていました。」と言われた。

なんだか少し笑えて、同時にある意味同志だなと思った。

「いや、、本当によかったです。おめでとうございます。なんだか私も嬉しいです」少し照れながら私は伝えた。

「ありがとうございます!○○さんの夢も陰ながらに応援しています、○○さんならどちらへ行っても大丈夫だと思います。」

と言われた。かなりのお世辞も混ざっていたが、嬉しいニュースの後だったのでさほど気にならなかった。

 どうかお体にはお気をつけて、と何度も言われた。ちょうど体調を崩してたことはそっと伏せ、口角が上がり心も上向きな状態で、電話を切った。

 互いの背景も知らない、だが自分のために、自分の道を着実に進んでいる彼女の姿にささやかな幸せを感じた月曜日だった。

ーなんとなく、心にスッと入ってきたものをただ記憶から手放すのがもったいなくて書き残してみました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?