「かわいそうな障害者」と「汚い障害者」

障害者になってみたら公共施設が無料で満喫している、との投稿を見た。
多くの勤労者が憎悪に燃えることだろう。

だが、障害者にもカーストはある。
身体>>>>知的>>精神

差別意識や支配欲の強い人々、たとえば公務員などが「障害者」だと考えるのは………
自分が誉めてもらえる、車イスに乗った、かわいそうな人、であるところの身体障害者や軽度だけである。
身体障害者でも、バリアフリーのために発言する人は「身のほど知らずな敵」に転落する。
知的障害者だと「だって人格ないんでしょw」と急に石原慎太郎になる。
精神障害者だと「なんで在宅なんだ、犯罪者は収容してもらわないと困る」と。

・公務員
・「福祉に関心が高い」人
・「心の問題に詳しくカウンセリングもします」と自称する人
こういう人々の同情は、「かわいそう」を受け入れ、かつ、軽度で綺麗な障害者だけに向かう。

その他の障害者は、公共施設の利用どころか、善良な一般市民の憎悪を受けて、外出もままならなくなっている。

で、役人の同情の対象となる軽い障害者が、公的扶助をエンジョイしてるの見て、その他の障害者への憎悪が膨れ上がるんだな。ここにも「肉屋を支持する豚」のような構造がある。


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