見出し画像

常磐カナメちゃんの夢の話🌺🌸

※はじめに※
この記事はバーチャルアイドルユニットPalette Projectに所属する常磐カナメちゃんが2020年3月2日の配信内で語ってくれた夢(寝るときのほう)の話をもとに、僕が自分の趣味を9割くらい混ぜ込んで小説っぽくしたものです。めちゃくちゃ長いです。原稿用紙23枚分ですって奥さん。ごめんな。

↑2020年3月2日の配信。夢の話は9:59くらいから。

https://twitter.com/tokiwakaname ←これはカナメちゃんのTwitter。フォローしような。カナメかわいいよカナメ。

常磐カナメちゃんの夢の話

1.
 「ゲームをはじめます」と先生は言った。理由も前置きもない。それはまるで「冷やし中華はじめます」と言うかのような唐突さで、それでいて有無を言わせぬ響きがあった。
 「ゲーム開始は午前0時、タイムリミットは夜明けまでです。クリア出来なかったチームには罰を与えます。それでは準備し、定刻になったら開始してください」
 先生はそう言うと教室を出て行ってしまった。切れかけの蛍光灯が宵闇へ虚しい抵抗を続けるだけの教室に、生徒はカナメひとりだった。目を凝らして壁にかかった時計に目を向けると、ふたつの針が11時55分を示していた。
 ——また、はじまるんだ。
 カナメは心の中で呟いた。過去に一度だけ、カナメはこのゲームをしたことがある。そのときの記憶はなぜか霧がかかったように曖昧なのだが、ルールくらいはなんとか覚えている。ゲームは二人一組で行う。校内の各地に死体(もちろん人形だ)がバラバラになって隠されており、それを見つけ出さなくてはならない。死体は四肢と胴体の五つに分かれているので、最低でも五ヶ所を探すことになる。さらに、それに加えてもうひとつ必要なのが”箱”だ。どんな箱で中に何が入っているのか、カナメには分からないのだが、とにかくその箱が重要なものらしかった。合計六つのアイテムを揃えて先生へ提出すればゲームクリアだ。しかし、なぜこんなゲームを行うのか、そして先生の言う“罰”とは何だったのか、それはどうしても思い出せなかった。
 カナメはふたたび、壁の時計を睨んだ。文字盤の上でふたつの針がじわじわと近付き、頂点を目指す。そして二本が完全に重なった瞬間、チャイムが鳴り響いた。ゲームスタートだ。

2.
 まずはチームメイトを探さなくてはならない。カナメの教室は廊下の一番奥にあり、反対側の突き当りまで教室が続いている。中に誰かいるかもしれない。カナメは一部屋ずつ覗きながら廊下を進むことにした。六番目の教室で、ようやく生徒が中にいるのを見つけた。長い黒髪が印象的な、清楚そうな女の子だった。どうやら眠いようで、半目になりながら椅子に座って黒板をぼんやりと見つめている。カナメが教室のドアを開けると、彼女はびくりと体を震わせてこちらを見た。
 「ねえ」カナメは話しかけた。「あなた、ひとり?チームメイトになってもらえないかな」
 女の子は目を見開き、ぶんぶんと首を横に振った。
 「ごめんね!誰かと一緒にいると、ワイはドギマギしてしまうから!ワイはドギマギしてしまうからぁぁ!!」
 そう叫ぶと、彼女は教室を飛び出し、どこかへ走り去ってしまった。
 ——ワイってなんだろう。
 よく分からなかったが、とにかく困ったことになった。教室はこれで最後だったのに、先程の女の子以外には生徒は見つけられなかった。仕方ない。校舎内には他にもひとりでゲームに参加している生徒がいるかもしれないし、うまくチームメイトを見つけられることを願おう。カナメは突き当りを右に折れて渡り廊下を進み、特別教室棟へ向かった。

2.
 まず初めに入ったのは音楽室だ。小さな頃のカナメは音楽室が怖かった。壁にかかった作曲家たちの肖像画がカナメを睨んでいる気がしたのだ。転勤族だったカナメはいろんな学校の音楽室に入ったことがあるが、まるで法律でそうしなくてはならないと定められているかのように、どこの学校の音楽室にも決まって肖像画が並んでいた。だからカナメはずっと音楽室が嫌いだったし、授業と掃除当番以外では立ち入らないようにしていた。
 変わったのは中学生のときだ。当時、カナメには仲の良い同級生がいた。音楽好きだった彼女に、カナメは肖像画のことを話した。すると彼女は言ったのだ。
 「あの作曲家たちは睨んでるんじゃない。悩ましい顔をしているのよ。彼らはカナメちゃんの歌声が大好きで、いつも音楽の授業であなたの歌を聴くのを楽しみにしているの。でも、授業で歌う曲が彼らの作曲したものばかりってわけじゃないでしょ?せっかくなら自分の曲をずっと歌ってほしい、自分の作品をカナメちゃんの歌声で聴きたいって、彼らは思い悩んでるのよ。」
 彼女はピアノが得意で、それからというもの、放課後に音楽室へ行っては彼女のピアノを伴奏にカナメが歌をうたうことが二人の日課になった。二百年前の偉人たちへ見せつけるかのように、彼女は最近のポップスばかり弾いて、カナメも笑いながら歌った。肖像画はますます悩ましい顔つきになっているような気がしたし、怖いどころか、なんだかかわいく思えてきた。父親の転勤でカナメが転校することになり、その子とは離れ離れになってしまったが、新しい学校でも壁に並んだ肖像画たちが悩ましげに見守ってくれているのだと思えば、むしろ心強ささえ感じた。
 カナメは壁の肖像画を見つめた。今日も彼らは悩ましい表情でカナメを見返していた。
 「あれ?」カナメは小さな異変に気付いた。シューベルトの額縁が傾いているのだ。しかも、額縁の下から白いものがはみ出している。どうやら壁と額縁の間に何か挟まっているようだ。額縁を少し壁から浮かせる。ごとり、と何かが床に落ちた。白くて細長い。これは。
 「左腕だ——。」
 カナメは左腕を持ち上げた。人形だと知らなければ本当に人間の死体だと勘違いしてしまうほど、その肌は滑らかで柔らかかった。かなり不気味ではあるが、しかしこれを持っていかなければゲームはクリアできない。カナメは持っていたショルダーバッグに左腕をしまい、音楽室を出た。小さな声で少しだけ、シューベルトの歌曲を口ずさみながら。

3.
 次にカナメが入ったのは美術室だった。死体を探しながら、カナメはつい最近の授業で描いた自画像のことを思い出していた。
 「必ずしも自分の外見に似せる必要はありません」と先生は言った。「ただし、それを見たひとが、あなたの自画像だと理解できなければなりません。自分の内面を見つめ、自分とは何者なのかを表す絵を描いてください」
 自分とは何者か——。カナメは考えた。ふと隣に座るクラスメイトのスケッチブックを見ると、なぜかプリンが描かれていた。この子は自分のことをプリンだと思っているのだろうか。先生がやってきて、彼女の絵をまじまじと見つめた。
 「これはプリンですね」「いえ、■■■です」「■■■さんを描いてください」「はい…。」
 彼女は涙目になってページを一枚めくり、今度は芋を描き始めた。わけがわからない。カナメは思い返しながら、つい吹き出してしまった。しかし奇妙なことに、記憶の中で彼女の名前を言っているはずの部分だけが、ノイズがかかったようになり認識できない。そればかりではない。そもそも彼女の名前が思い出せない。この記憶はそんなに古くはないはずだし、彼女とは普段から仲が良いような気がするのに、どうしても名前が出て来ないのだ。美術室のなかでカナメと彼女がどの机に座っていたかは覚えている。カナメはその机に近付き、なにか彼女の名前のヒントになるものが無いか調べた。すると、彼女のものらしき字で机に落書きがしてあるのを見つけた。部屋の中は薄暗いのに、その落書きはなぜか妙にくっきり見えた。

≪カナメちへ なぞなぞ!プリンはプリンでも、食べられないプリンってなぁんだっ!  ヒント:美術室の中にあるものだよ! ■■■≫

 名前が書いてあったらしい部分はかすれて読めなくなっているが、どうやら彼女が考えたなぞなぞのようだ。まったく、どれだけプリンが好きなのだろう。カナメは苦笑しながら周囲を見回した。美術室の中にある、食べられないプリンとはなんだろう。石膏像、キャンバス、イーゼル、美術書——。どれも、プリンとは程遠いものだ。しばらく考えてみたが、さっぱり分からなかった。やはり、あの子の思考を理解することなど無理だったのだ。カナメは思考を放棄し、天井を仰いだ。すると。
 「あ。」思わず声が出た。ぶら下がっていたのだ。天井から。右腕が。
カナメが気付くのを見計らったように、右腕がぼとりと落ちてきた。どうやら紐で結び付けていたものが切れてしまったようだ。しかし、いったい何に結んでいたのだろう。カナメはもう一度、腕が吊り下がっていた場所を見上げた。そこにあったのは。
 「スプリンクラー…。」ついまた声が出てしまった。なるほど、正解は≪ス”プリン”クラー≫だったのだ。まったく、あの子らしい。きっと授業中に天井を見上げて、ふと思いついてこんなクイズを考えたのだろう。右腕をバッグにしまいながら、しかしカナメは自分も似たようなものかもしれないと思った。自分とは何者かを考えたあげく、結局ちくわぶを咥えた自画像を描いて先生に提出したことを、突然思い出したからだ。

4.
 続いてカナメは理科室へ向かった。ここはつい最近、理科の授業でエンバーミングの実習をしたばかりだ。二人一組でペアをつくり、先生が用意した実験用のマウスの死体をエンバーミングするというものだった。マウスとはいえ死体を触ることにカナメは抵抗を感じてしまい、なかなか作業が進まなかったのだが、ペアを組んだ相手はなぜか嬉々として作業しており、おまけに本来する必要のない処理までしようとしていた。怯えるカナメの横で目を輝かせて死体を眺めている姿は、死体そのものより不気味だった。「夢に出てきそう」とカナメが弱音を吐けば「これ夢に出てくるの!?かわいいねぇ!!」と言い出す始末だ。まったく、他人の死体を見て、なぜあんなに喜べるのだろう。だってあの死体は、あれは、あれは——?
 妙だ。カナメたちがエンバーミングの実習を行ったのは”マウスの死体”だったはずだ。なぜ”他人の死体”などと考えてしまったのだろう。カナメは突然、強烈な眩暈に襲われた。記憶の中の映像と音声が頭の中でぐちゃぐちゃになりながら、何度も繰り返されている。あのとき「夢に出てきそう」と言ったカナメが見ていたのは、本当にマウスの死体だっただろうか。カナメには怖がりな自覚はあるが、それでも、マウスの死体にそこまで怯えるだろうか。記憶の中で渦巻いている、この滑らかで柔らかい感触はなんだろう。これは、もしかして。カナメのバッグの中に入っているのも、もしかしたら——。
 カナメは立っていられなくなり、思わず座り込んで床に手をついた。床についていた何かの水滴が、カナメの手のひらを濡らした。おそるおそる、匂いを嗅いでみる。ホルマリンの匂いだった。エンバーミングで使用した薬品だ。よく目をこらすと、水滴は点々と、理科準備室まで続いている。その先に何があるのか、カナメはもう知っている気がした。そしてそれを手に入れなければならないことも。
 眩暈が落ち着くのを待って、カナメは理科準備室へ向かった。鍵は——かかっていない。ドアを開けると、きつい薬品の匂いが鼻をついた。壁沿いに並べられた棚を見る。様々なホルマリン漬けが、そこには並んでいた。カエルやヘビといった原型を留めているものもあれば、なにかの内蔵と思われるものもあった。そして、一番奥に、カナメはついに見つけてしまった。
 「左足——。」
 死体の左足がホルマリンに漬けられていた。もちろん、これは人形だ。本物の死体ではない。本物の死体であるはずがない。カナメは棚から左足の入った瓶を取り出し、そのままショルダーバッグへ突っ込んだ。バッグがいっきに重くなったのは、左足のせいだけではない気がしていた。

5.
 足取りも重くカナメが次に向かったのは、家庭科室だった。ここは調理実習を何度かした記憶があるが、実はカナメは調理実習が苦手だった。料理をすること自体は構わない。ただ、カナメは大の野菜嫌いなのだ。しかも、ハンバーグやクッキーの実習ならいいのに、なぜかこの学校の調理実習は野菜を使用した料理ばかりだったのである。出来上がった料理の野菜だけを器用によけながら食べるカナメを見て、以前、あるクラスメイトが野菜の魅力を理解させてくれようとしたことがあった。京野菜部(という部活があるのだ)の部長を務める彼女は、本当においしい野菜を食べればカナメの野菜嫌いが克服できると考えた。そこである日の放課後、カナメを家庭科室へ呼び、自らが選りすぐった野菜を使って料理を振る舞ってくれたのである。
 「カナメちゃん、いい?ピーマンが苦いのは、未熟だからなのよ?こうして赤くなっている完熟ピーマンは甘みが増すの。さらに炒めるとピーマンの苦みは軽減されるし、マヨネーズと和えるとまろやかな味わいになるのよ。」
 京野菜部部長はそう言って、完熟ピーマンのマヨネーズ炒めを作ってくれた。そこまでしてもらったら、食べないというわけにもいかない。カナメはおそるおそる、彼女の手料理を口に含んだ。なるほど確かに普通のピーマンよりは苦くないかもしれない。(と言っても、カナメはそもそもピーマンを長らく口にしていないのだが。)しかし、やはり腐っても鯛、完熟してもピーマンはピーマンである。結局カナメはその一口しか食べられず、残りは京野菜部部長に食べてもらった。
 「ごめんね、苦手なのに無理させちゃって」食器を片付けながら、彼女はカナメに謝った。
 「こちらこそごめんね、せっかく作ってくれたのに」カナメもさすがに申し訳ない気持ちになっていた。悪いのは野菜であって京野菜部部長ではないのだ。
 「でもね」彼女は続けた。「すいかもイチゴも分類上は野菜なの。カナメちゃんもイチゴは好きでしょ?だからどうか、野菜全部が嫌いなんて思わずに、野菜にもいいヤツいるじゃん!って思ってくれたら嬉しいな」
 カナメは記憶の中に残るピーマンの苦みを噛みしめていた。あんなに優しかった京野菜部部長の名前さえ思い出せないことが、本当につらかった。こんなことになるなら、せめてもう少しだけでも料理を食べてあげていれば——ダメだ、やっぱりそれだけは無理。
 彼女は残った野菜を隣接する食材庫へしまっていたはずだ。カナメがドアを開けると、やはりそこに並んでいた。聖護院かぶ、もぎなす、鷹峯とうがらし、そして京大根——のように真っ白な右足が、ひっそりと佇んでいた。カナメはそれをバッグにしまい、家庭科室をあとにした。そういえば、野菜が大好きな彼女もセロリだけは苦手だったなと、ふと思い出した。

6.
 さて、残るのは胴体と"箱”だけだ。どこへ探しに行こうか考えていると、向こうから女の子がひとり、歩いてきた。雨でもないのに黄色い雨合羽を着ている。この校舎でカナメが他の生徒に出会うのは最初に出会ったワイの子以来だ。カナメには依然としてチームメイトがいない。このままではせっかく全て集めても失格になり、罰を受けてしまう。罰が何なのかは分からないが、そもそも受けないに越したことはない。なんとしてもチームメイトになってもらわなくてはならない。
 「ねえ」女の子が話しかけてきた。「雪って雨だったんだよ。知ってた?」
 カナメにはもはや、彼女の発言にツッコミを入れている余裕はなかった。
 「私のチームメイトになってもらえないかな」
 「ごめんね、それは出来ないの。■■はみんなのとこに行かなきゃいけないから」
 彼女が自分の名前を言ったらしい部分は、なぜか聞き取れなかった。ただ、断られてしまったのだということだけは理解できた。
 「どうして?あなたはひとりじゃないの?みんなって何?ほかにも人がいるの?」
 「そんなにいっぱい聞かれても、■■、わかんないよ…。」
 彼女はつらそうな目をした。左目の下に光る涙が、カナメの心を締め付けた。
 「でもそのかわり、いいこと教えてあげる」彼女は言った。「カナメちゃん、残りは胴体と”箱”だけでしょ?胴体は分からないけど、”箱"なら駐車場でさっき見つけたよ。今ならまだ残ってるかもしれない」
 そう言い残すと、彼女は物凄い速さで廊下を駆けていった。
 「あ。」カナメが声を上げる間もなく、彼女は猛突進したまま突き当りの廊下に激突した。まるでノーブレーキ、ノーハンドルだ。でも助けてもらった。カナメは潰れてペラペラになって宙を舞う彼女の背中へ感謝の気持ちを込め、駐車場へ急いだ。

7.
 駐車場へ到着した。ずっと校舎内にいたので気付かなかったが、東の空がうっすらと白くなり始めている。急がなくては失格になってしまう。駐車場には車が一台しかなかった。きっと先生の車だ。カナメはまず車体の下をのぞいた。しかし、”箱“らしきものは見当たらない。次に、車の中を窓越しにのぞいてみた。やはり無いようだ。とすると、どこだろう。駐車場の裏には、植え込みや雑草が無造作にひしめく茂みがある。そこに箱があるかもしれない。カナメが目を向けたそのとき、茂みから小さな光が舞い出るのが見えた。
 「ほたる——?」カナメは思わず呟いた。
 この時期に蛍が活動しているのかは分からない。しかしその光は確かにカナメの視界で弱弱しく輝いていた。そしてふわふわと三メートルほど動いたかと思うと、そこで力尽きたのか、消えてしまった。光が消えたその場所に、女の子が立っていた。
 「あなた、"箱”を探してるの?」彼女は言った。カナメが頷くと、彼女は猫柄のバッグから、赤い箱を取り出した。「これ、あなたにあげるわ」
 「これが——"箱”?」カナメは手を差し出し、その箱を彼女から受け取った。重くはない。振ってみると、中でちゃぷちゃぷと音がした。どうやら液体が入っているようだ。
 「でも、いいの?私が貰っちゃったら、あなたが困らない?」
 「大丈夫。ふたつ見つけたから、ひとつはあなたにあげる」彼女はそう言って、もうひとつ”箱”をバッグから取り出して見せた。
 「それからね」彼女は続けた。「良かったら、私のチームメイトになってくれないかな」
 それは、カナメにとって願ってもない申し出だった。
 「もちろん!すごく嬉しい!私はカナメ。あなたは?」
 「私は■■■。よろしくね」
 彼女はもう全てのアイテムを集め終わっており、あとはチームメイトを探すだけだったそうだ。つまり、カナメが死体の胴体を見つけることさえ出来れば、もうゲームのクリアは確実なのだ。
 「どこか思い当たる場所ある?」彼女がカナメに尋ねた。
 「うん、多分、あそこだと思う…。」カナメはそう言って、校舎の一角を指さした。

8.
 夜明け前の図書室は、繊細な静謐さに包まれていた。あと数十分で町が起き出して喧騒に包まれる、その直前の細い糸のような静けさだった。
 「ここに胴体があるの?」チームメイトの女の子が尋ねた。
 きっとここだと、カナメは信じていた。これまでの四肢はすべて、カナメの記憶と繋がった場所に隠されていた。とすれば、もっとも大きなアイテムとなる胴体は、もっともカナメの記憶が強く残っている場所にあるはずだ。本好きなカナメは、部活のない放課後には毎日この図書室で過ごしていた。ゆっくりと書架をまわり、ふと目に付いた本を手に取る。そうして巡り合ったたくさんの物語が、今のカナメを作っているのだ。背表紙を指でなぞりながら、カナメは目的の棚の前に辿り着いた。
 ——太宰治。
 始めて太宰治の『女生徒』を読んだ時の衝撃は未だに生々しい傷跡をカナメの心に残しているし、その息遣いは、確かにカナメの中で生きている。 『女生徒』で感じたものが、カナメの生き方を変えてしまったと言っても過言ではない。だから、この校舎内でもっともカナメの記憶が強く刻み付けられているのは、この書棚なのである。
 「ここにいたんだね」カナメは呟いた。胴体は隠されることもなく、書棚の前に佇んでいた。その表情はとても穏やかで、まるで眠っているようだった。その顔がとても見慣れたものであったことにカナメは少し驚いたが、なんとなく予感はしていた。
 「急ごう。夜が明けちゃう」チームメイトの女の子が言った。カナメたちはスタート地点の教室へ向かった。

9.
 教室へ入ると、先生はゲームを始めた時と同じように教壇に立っていた。それと、ゲームを始めた時には無かったものがひとつ。
 ——鍋?
 カナメは疑問に思った。先生の隣に、鍋とカセットコンロがあるのだ。いったい何に使うんだろう。でも、どうせカナメたちには関係のないことだ。全てのアイテムを揃えたのだから。
 「提出物を出してください」先生は言った。
 まずはじめに、チームメイトの女の子がアイテムを提出した。
 「合格です」と先生は言った。「では次にカナメさん、お願いします」
 カナメはアイテムを取り出そうとして、バッグの中が濡れていることに気付いた。
 「これは?」先生はカナメのバッグを覗き込んで言った。よく見ると、”箱”から何かが漏れ出しているようだ。カナメは体じゅうから血の気が引くのが分かった。おそるおそる”箱”を取り出して振ってみるが、もう何も入っている様子は無かった。鼻を衝くような匂いが、辛うじてその中身が油であったことを伺わせた。きっとバッグの中で”箱”のフタが緩んでしまったのだ。せっかくもらったのに。カナメがチームメイトの女の子を見ると、彼女はとても悲しそうな目でカナメを見つめていた。
 「カナメさん、あなたは失格です」先生は平坦な声でそう告げた。「たったいま、夜が明けました。あなたはゲームのクリアに必要なアイテムを持ってくることが出来ませんでした」
 先生は女の子が持ってきた”箱”を開け、中身を隣に置いてある鍋に注ぎ込んだ。ドロリとした半透明の液体は、やはり油のようだった。カセットコンロの火をつけると、油は瞬く間に沸騰した。
 「カナメさん、あなたには罰を与えなくてはなりません」先生は言った。「この鍋の中に顔を入れてください」
 カナメは耳を疑った。あんな沸騰する鍋の中に顔を入れたら、やけどどころでは済まない。
 「イヤです!そんなことをしたら顔がドロドロに溶けてしまいます」
 「大丈夫です。溶けたら交換すれば良いのです」先生はそう言うと、カナメが運んできた死体の胴体を指さした。「そのために探してきてもらったのですから」
 そうか、やっぱりそうだったんだ。その顔がとてもよく見慣れたものであったこと、いや、カナメの顔と瓜二つであったことの理由がやっと分かった。カナメは自分の頬に触れた。
 ——この顔もこの手も、きっとそうだったんだ。
 カナメはゆっくりと歩き、鍋の前に立った。先生がカナメの後頭部を掴んだ。そして力強く下に押し出し、カナメの顔を鍋に

10.
 無機質な電子音が朝を知らせ、カナメを眠りから引きずり出した。カーテン越しに朝の陽ざしが部屋に柔らかく差し込んでいた。
 ——ああ、夢か。それにしても、ひどい夢だったなぁ。あと一瞬でも起きるのが遅ければ、顔が焼けただれる苦しみを味わうところだった。夢とはいえ、そんな体験はしたくないや。とにかく、顔を洗って気分をすっきりさせよう。
 カナメは部屋を出て洗面所へ向かった。蛇口をひねる。ドロリとした半透明の液体がどばどばと出てきて、たちまち洗面台の中で煮えたぎった。誰かがカナメの後頭部を掴み、力強く下に押し出した。

おわり

えんでぃんぐてーま



以下、元ネタ集。気になったらぜひに。

ワイはドギマギしてしまう人。(52:06~)
https://twitter.com/nanamirona ←七海ロナTwitter

プリンの自画像を描く人。(27:41~)
https://twitter.com/akatsukiclara ←暁月クララTwitter

エンバーミングの人。(全編)
https://twitter.com/tohsakayura ←遠坂ユラTwitter

京野菜部部長。実在します。(44:47~)
https://twitter.com/kuu_shiratori ←白鳥くるみTwitter
※Palette Projectではありません。かわいいです。

雪って雨の人。言及されてるのは雨ヶ崎笑虹ちゃん。
https://twitter.com/eko_amagasaki ←雨ヶ崎笑虹Twitter

チームメイトの女の子としてなんとなくイメージとしてた人。
https://twitter.com/fujimiyakotoha ←藤宮コトハTwitter


他の登場人物および設定は10割くらい僕の妄想です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?