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健康の料金

 もしも健康が金で買えるものならば、という言葉がある。
 僕は視力が弱い。これが回復するのであれば、まとまった金額を支払う用意がある(気持ち)。また、別の話で、気管支炎を患った時はずいぶんつらかった。それこそローンを組んででも治したい、と思った。

 健康は値千金。

 ぎっくり腰を二度やったことがある。最初は二十代前半の時で、ギクリとやってから二日間、立つことはおろか座ることもできなかった。重症の部類に入るだろう。這いつくばって用を足しに行きながら、これから先の何十年に思いを馳せた。

 その時紹介してもらった先生が、ゴッドハンドだった。僕はそう呼んでも差し支えないと思う。

 四十分ぐらいの施術の後、

 「ぎっくりだけじゃなくて、ヘルニアも併発してました。ヘルニアってわかりますか?骨と骨の間のクッションがあって、それがずれて神経にさわるんです。ずれたのを入れておきました。出来れば、今日の午後もう一度来てください。」

 と告げられた。

「ずれたのを、入れた…?」

 はい、とこともなげにいう先生の様子をみて、痛みでもうろうとしながら、ヘルニアってそんな気軽なものだったかと疑問符がわいたが、先生がそう言うならそうなのだと、落ちた思考力で結論した。

 そんな調子で、四回ほど先生の治療を受けた。「ああやっぱり戻ってますね… はい、これでいいでしょう。」といった軽い調子で、やはり一回四十分くらいで施術が終わる。合計の費用は二万円程度である。

 僕は、ひと月も経たないうちにまた元の生活を送る事が出来るようになった。最終日に先生は丁寧な口調で、こう説明した。

 「背骨は神経の束が通っているため、ずれると情報伝達の効率が下がります。そうすると全身の健康に影響がでます。自家用車が定期的に車検を受けるように、身体も定期的なメンテナンスをして、健康を維持していった方がいいんです。不健康になってから、健康を取り戻しに治療をするのではなく、健康な時に健康を維持するためにメンテナンスをするという考えに切り替えてください。」

 二十代前半である。健康な体に時間と金を割くという感覚はそう簡単に腑に落ちない。しかし、二十代後半で上述したことをそっくりそのまま、もう一度なぞった時は違った。

 その時も先生は六年前と変わらない口調で、同じことを丁寧に説明されたのだ。

 僕は恥ずかしくなり、観念した。今では定期健診にて、背骨のずれを矯正してもらっている。

 健康を金で売ってくれる人がいるとは驚きである。

 優秀な先生と出会うことが出来なければ、早いうちに布団の中で寝たきりになったかもしれない。我が家の血は絶えていたに違いない。そう考えて、多少大仰な表現ではあるものの優秀な先生がいる時代、および社会に生まれたことに感謝した。
 
 加えてもう一つ恩恵があった。神経伝達が正常になることで免疫の働きが正常に作動するため、風邪をひかなくなるという事である。

 これは本当に実感がある。
 三十代超えてからの健康は課金。

 ほとんど信仰に近い。

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