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ナレ「プロぼっちの朝は早くない」

大阪府の端。閑静な住宅街の一画。ここに一軒のマンションがある。

プロぼっち、ゆちの住処である。

表舞台では決して語られることのないぼっち業界の真実を求め、我々はプロぼっち、ゆちの1日を追った。

~(Progress:スガシカオ)♪~


正午、ようやく彼の部屋から声が聞こえた。人々がランチを楽しもうと行列に並び始めるこの時間にゆちは起床する。

ナ「随分起きるのが遅いんですね」

ゆ「これでもかなり頑張った方なんです。僕はあまり誰かと遊んだりしませんし、最近はアルバイトも滅多に入らないので、朝早く起きる必要がないんですよね」

そう語るゆちの横顔は少し、寂しそうにも見えた。彼は軽く伸びをした後、風呂場へ向かった。

ナ「今日はどこかへ出かけるんですか?」

ゆ「いいえ、特に今のところ出かけるつもりはないですね」

ナ「ではなぜお風呂に?」

ゆ「外に出ないときもこうやってお風呂に入り、服を着替え、髪型を整えてお化粧をする。たったこれだけのことでみんなと同じ生活をしているという実感が得られるんです。」

ナ「なるほど、、、。では起床時間も早めたほうがいいのでは?」

我々の質問に返事はなかった。風呂から上がると、彼は一張羅を着てパソコンの前にかじりついた。

ゆ「今から少し仕事をします、忙しくなるのであまり丁寧な対応ができないかもしれません」

ナ「仕事?今日はアルバイトもないんですよね?」

ゆ「はい。仕事とは、ニコニコ動画を見ることです。今日のランキングは、、、」

我々と会話している間も彼は作業を止めない。これもプロの成せる「業」というものだろう

ゆ「あっ、この動画ランキング浮上してる、コメントしとこう」

ゆ「〇〇さんの動画はこんなに面白いのになんで伸びないんだろう」

ニコニコ動画を食い入るように見つめるゆちの眼差しは真剣そのものだった。そこには我々素人には立ち入ることのできない、匠のオーラがあった。

ナ「なにか目ぼしい動画はありましたか?」

ゆ「いいえ、どの動画も中身は素晴らしいのにコメントが幼稚な馴れ合いばかりで、、、僕は馴染めませんね」

彼は何年もニコニコ動画一筋で過ごしていたが、最近はYouTubeを見てる時間の方が増えてきたらしい。原因は単純なものではなさそうだ。

ゆ「ふぅ、、、終わりました」

ゆちはパソコンを閉じ、ベッドに腰かけた。

ナ「これから何を?」

ゆ「ギターを弾きます。これも仕事の1つです」

そう語る彼の目つきはとてもまっすぐだった。

かつて人気弾いてみた投稿主を目指していたゆち、この行為もまたその頃の名残なのだろうか。

ナ「なぜ人気弾いてみた投稿主の道を諦めたのですか?」

ゆ「そうですね、、簡単に言えば僕には険しすぎる道だった、そういうことなのかな。今世の中にはたくさんの弾いてみたが溢れています。その中で僕のようにそこまでスキルを持っていないものは生き残れないんですよね。」

ナ「だからこの業界に?」

ゆ「だからってぼっち業界が簡単ということではないんです。プロぼっちになるには友人との関わりも極力減らさなければならない。僕もプロになるまでにたくさんの時間を要しました」

彼は声のトーンを少し低くして言った。

ゆ「プロぼっちを自称する人はたくさんいます。しかしそのほとんどは1人で部屋にいることが好きなだけであり、食事や遊びに行くときは友達と行動を共にします。これではプロぼっちの職業価値は下がる一方です。まずは1人でカニ道楽に行けるようになる、話はそれからです」

決して甘くないプロぼっちの道、我々はただただ頷くほかなかった。

気付けば時刻は15時、彼はおもむろに立ち上がり玄関へと向かった。

ナ「どこかへ出かけるんですか?」

ゆ「どうやら近くの美術館で好きな画家の作品が展示されているらしいので、向かおうと思います」

ナ「1人で行くんですか?」

ゆ「もちろん仕事ですから。美術館の楽しみ方は人それぞれだと思いますが、私は好きな絵を気が済むまで眺めていたいので。誰かといると気を遣うでしょう?」

こちらに微笑みかけるゆちの顔には、ぼっちであることへの誇りすら感じ取れた。

ゆ「美術館は17時に閉館するところが多いです。そのため客は早い時間に見に行く人がほとんど。だから閉館に近い時間だとあまり人がいない館内をゆったり楽しむことができます」

何気ない行動1つ1つにはっきりとした理由がある。これが、プロがプロたる所以なのかもしれない。


17時過ぎ、満足げな笑みを浮かべたゆちが美術館から出てくる。

ナ「満足できましたか?」

ゆ「実によかった、やはりクリムトの絵は人の心を掴むなにかがあるね」

小学校の図画工作、中高の美術、それぞれ最低点を常にマークしてきた彼にも伝わるほどの圧倒的な何かが、クリムトの作品にはあるらしい。

ナ「このまま家へ帰るのですか?」

ゆ「基本引きこもりの僕が折角外に出たので、どうせなら夕飯をどこかで食べようと思います」

ナ「なにを食べるんですか?」

ゆ「今はお肉が食べたい気分なので、今日は焼肉にしましょうかね」

ナ「こういうときに好きなものを食べられるのはプロぼっちの特権なのでは?」

ゆ「ナレーターさん分かってますね、あなた良い線いってますよ。そうです、プロぼっちは何処へ行くか、何時に行動するか、何をするかなど全てにおいて自分が決定権を握ることができます。しかし」

ナ「しかし?」

ゆ「それは裏を返せば自分を制御できなければあっという間にダメ人間になってしまう、ということでもあります。徹底した自己管理が求められるのがこの仕事です」

自信満々に語るゆち。そこにプロとしての矜持が垣間見える。

ナ「それならば、やはりもう少し早く起きるべきなのでは?」

またも、我々の質問に返事はなかった。

ナ「1人焼肉というと昔はハードなイメージがありましたが、今は専門店もできて少し挑戦しやすくなったなという印象がありますね」

ゆ「そうですね!おかげでアマのぼっちも沢山増えています。この業界で生きている者としてはなにより嬉しいです。あ、ちなみに僕が行くのは1人焼肉の店ではなく普通の焼肉店です」

ナ「何故ですか?専門店があるにもかかわらず」

彼はドМなのだろうか。我々が抱いたその疑問はすぐに納得へと変化した。

ゆ「まあ一番のポイントはテーブルの大きさです。僕はかなり大食いなので、大きいテーブルを注文したもので埋めておきたいんですよね。専門店は大抵狭いカウンターに仕切りがあるという造りなため、どうしても面積が小さくなってしまうんです。」

そう言って苦笑いするゆち。彼はただプロぼっちでいるだけでは飽き足らず、フードファイターにでもなるつもりなのだろうか。

19時、店からゆちが出てきた。なにやら足を伸ばしている。

ナ「食べ過ぎましたか?」

ゆ「お恥ずかしいことに、、、」

恥ずかしそうに笑う彼にはまだあどけなさが残っていた。プロぼっちに年齢は関係ないのかもしれない、そう思わずにはいられない。

ゆ「なので家まで走って帰ろうと思います」

ナ「走るんですか?家まで?」

ここからゆちのマンションまではかなりの距離がある。が、彼は一切の迷いなく言った。

ゆ「いえ、大丈夫です、走ります」

カメラマンの沢田が思わず感嘆の声をあげた。気難しい中年の心まで射止めてしまうとは、さすがプロぼっち、ゆちといったところか。


20時、ようやくゆちがマンションにたどり着く。肩で息をしている様子から、並々ならぬ道のりであったことがわかる。

ナ「大丈夫ですか?」

ゆ「はぁ、はぁ、すいませんね、、、長い間お待たせしてしまい、、、日ごろ部屋から出ていないもので、、、」

プロぼっちの最も過酷なところは体力の減少にあると彼は語ってくれた。基本遊ぶとき以外は家に引きこもるため、体力は生まれたての小鹿といい勝負だろう。

23時、諸々の必要な行為を済ませて、彼はまたパソコンに向かう。

ここから朝の4時ごろまでひたすらネットの大海原を旅して宝をかき集めるらしい。大変興味深かったが我々の終電が近づいていたため密着取材はここまでとなる。

ゆちの部屋を立ち去ろうとしてふと彼の方を見る。

ゆ「ほんとは友達がほしい、一緒にゲームしたり遊んだりしてくれる友達がほしい、、、」

小さな声で呪詛のように繰り返されるその言葉を、我々は聞こえなかったふりをした。

ゆ「友達?いやいや、いないわけではないんです、もちろん、やだなぁ、は、はは、、。ただやはりプロとしてこの仕事をしている以上、仕方のないことなんですよ。自分の職務に誇りを持ち、日々全身全霊で取り組む。それが何より大事だと、僕は思います」

彼は取材終了間際にこんな言葉を残している。

大丈夫、彼ならきっとやっていける、我々は確信に似たなにかを感じながら部屋を後にした。

太陽が暴れまわる正午、ゆちは活動を始める。

プロぼっちの朝は早くない。


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