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桂花。月。女神。

秋の路地を歩いていると、あちこちから漂う甘い匂い。
香りの主を探すと、でも、たいていはすぐそばにはいなくて。
少し離れたところに、ひっそりと佇む黄金色たち。


桂花。金木犀。


好きな匂いは。と問われたら。
真っ先にこの気高い花の香りが浮かびます。

秋に咲く小さな橙の花たちの寿命は、最長で七日間。
秋雨とともに散ってしまう、はかない秋の桜。


中国には、黄金色に輝く月、最も色が鮮やかになる中秋の名月は、月世界に唯一生きる木、金木犀が秋の満開を迎えるから、との言い伝えが。
月界の樹木が地上に降り立った由は、月宮に住んだ天女「嫦娥」。


義母・西生母から不老不死の薬を盗み飲んでしまったことで月界へ追放された女神、嫦娥。
月宮で退屈していた嫦娥が、中秋の名月、天堂と並ぶほど美しいと聞く下界の杭州を覗きみる。
杭州西湖畔に映る月は、最高峰のお月見名所。
贅を尽くした祭典が催されていたとか。
その光景のあまりの美しさに、嫦娥は我を忘れ月宮で踊り始めます。
そばにいる男神、呉剛も嫦娥の踊りに合わせて、満開の桂花の幹を叩き拍子をとりだす。拍子の振動で桂花の種「天香桂子」がこぼれ落ちる。
その種が下界で芽吹き、根付いたとのこと。


更に、杭州には「桂花鮮栗粥」というのがあるらしく。
湖に映る月と下界の祭りの絶景に嫦娥が踊り、呉剛の拍子が響いた名月の夜、杭州霊隠寺の和尚が、夜中に目を覚まし、栗粥を炊いているところに舞い降りてきたのが桂花と桂子。美味しくなあれと和尚がお粥に入れたところ、それはそれは甘美な味になったそうな。

宋代から紡がれてきた古今物語だそう。


清く濃い香りの大好きな花が、これもまた愛して止まない月と由縁のある花だと知って、うふふ、と密かに幸せになりました。
美しい景色に思わず踊ってしまった嫦娥にも、自身ととても似ていて親近感を覚えてしまう。女神と近しく思うのも、おこがましいのですけれども。


絶世の美女であった故に不老不死に憧れ、月に追放された後も、永遠の美を切望するがために蛙や豚にかえられてしまってもなお、今も中国の皆さんを虜にしている嫦娥。
彼女のはかなくも強固なところは、短命だけれども黄金色の佇まいや甘美な香りで人々を惹きつける桂花と重ねることができるのかもしれません。


嫦娥自身も桂花を愛し、桂花酒を嗜好していたといいます。
いつか、西湖畔に映る嫦娥の故郷を拝みながら、あつあつの桂花粥とともに、月の女神に愛された桂花酒を堪能してみたい。。。


桂花。月。女神。

好きなものたち。

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