時には昔の話を

きっかけ

 昼ごはん、最近ずっと一人で食べています。一人ですから家にある適当なものを見繕っては、ただ空腹を満たすためだけにものを食べています。母親が管理栄養士とは到底思えない食事をしているわけですが、私にとって昼ごはんは一日の貴重な楽しみの一つでした。大学受験時代、夏期講習などで塾に縛り付けられていた時、昼ごはんだけが唯一の癒しだったのに、今となってはその価値も失われてきてしまいました。
 このままではいけないと思い、高校時代たまに行っていたお弁当屋さんへ自転車を漕いでいきました。靴下を履くのをとてつもなく面倒くさく感じる私は、いつも通り下駄で外に出ようと考えました。しかし、下駄箱から下駄を取り出すことにすら怠惰な私は、いよいよローファーに裸足をねじ込みました。梅雨の昼過ぎ、それはそれは肌がぺとぺとと湿り気を纏っているものでして、靴を履くにも一苦労でした。
 さて外に出たはいいものの、あまりの暑さに少々眩暈がしました。だって梅雨だというのに太陽は私の影を深くアスファルトに映していたのだもの。おもむろにペダルを踏みこんで、真っ赤な車体を前へ前へ推し進めました。何も考えずともすいすいと進む自分が少しだけ面白くなりましたが、今考えると当たり前のことなのです。高校の三年間、毎日通った道なのだから。渡る信号は三つ、運が良ければ引っかかることはありません。でも、いつも一回はペダルから足を離すことになってしまう。その日は二回も地面に足をついてしまいました。
 高校の隣にある再建された城、その城のさらに隣にある弁当屋。長期休みや午後休で食堂が閉まっている時によく行っていたそこは、今でもその軒先に暖簾を垂らしていました。私が頼むのはいつも決まって唐揚げ弁当でした。理由は唐揚げが好きだから、ではなく一番安いから。店内のカウンターで注文してから、ペンキの禿げた白い丸椅子に座って出来上がるのを待つ。エアコンは少し効きすぎで、入り口の上にあるテレビの興味ないニュースを流し見するのがお決まりでした。気のよさげなおばちゃんに呼ばれて、少しバランスの悪いビニール袋を片手に店を出ました。
 久々に行きましたが、その一挙手一投足全てが高校時代と同じで、私の意識を三年前へ遡らせます。しかし、思い出す記憶はなぜか初夏の少しだけ爽やかな日差しの下でした。

昔の話

 私の記憶の中で一番楽しかった期間は高校の三年間でした。瞬間的に幸せという話で言えば違いますが、平均化した時高校の三年間が私の中でかけがえのない大切な記憶になっているのは確かでした。学内では下から数えた方が早い学力でも、地元では一番頭のいい高校に入れた私は、そのネームバリューに大いに酔いしれていました。学友にも恵まれ、校則もきつく無く、制限がありつつも自由だった準モラトリアム的な環境を、私は心の底から楽しんでいました。
 特にバンドを組んでいた二年間の記憶は、私の中でその鮮度と煌めきをいつまでも保っています。中学まで私は根暗も根暗、逆張り陰気人間でした。幸いにも同族嫌悪からか、高校に入って私は変わろうと考えました。ネガティブな考えを捨て、自分に自信をもっていつも気丈にふるまおうと。人を笑わせるのは昔から好きだった私は、自分の明るいキャラを創り出すのにそう時間はかかりませんでした。二年生のはじめ、友達のバンドから二人抜けるとから入れと言われました。趣味でベースをやっていた私は、なんだか面白そうな予感がして二つ返事でその誘いを受けました。私を含めた五人のメンバー全員が人を傷つける笑いを厭わず、むしろ歓迎するほどの倫理観の低さ性格の悪さを有しており、私たちの会話は常に嫌な笑いを纏っていました。何も気にせず、自分の好きなように好きな笑いを取れる、好きに笑える状況が私にとってひどく楽しいものでした。そのせいで女子からの人気は圧倒的に低く、ライブに出れば笑い声が聞こえるバンドへとなり果てたのですが。
 お笑いバンドはお笑いバンドらしくふざけていこうという方針で、私たちはライブでふざけ倒しました。観客から曲のアンケートを取って全然違う曲を演奏したり、女々しくてをエアバンドしてサビで踊りだしたり、ドラムが林檎を割ったり、宣伝の放送で全然関係ないラジオをしたり、あの時の観客からの笑いほど気持ちいものはありませんでした。大勢の前でスポットライトを浴びる、こんなに心躍ることはこの先あるのでしょうか。今の目立つことを苦に思わない、むしろ美味しいと思える精神ができたのもそのバンド活動のおかげでしょうか。青春なんて恥ずかしい言葉を使ってしまうとメンバーからいじり倒されそうですが、間違いなくその時期が私の人生で一番楽しく私らしくいれた青春でした。

締め

 さて、長々と高校時代の話をしてしまいました。エピソードトークとしてはちょくちょく昔の話をしたりするのですが、ちゃんと過去の話をするのは初めてですのでどこかむず痒いですね。ですが、記憶はどんどん薄れていってしまうものですから、こんなふうに目に見える形で記すのも悪くはないでしょう。
 ではまた次のお話でお会いしましょう。


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