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基礎:血管腫 hemangioma とその周辺

 今回は臨床現場で比較的遭遇頻度の高い血管腫についての概説になりますが、研究者によって使用する病変の名称に多少の違いがあり、その影響が今日用いられている(提唱されている)分類の違いに反映されている状況です。病変の概念と分類が今後統一されることが望まれます。


疾患概念・定義

 本来なら血管の構成細胞の主役である内皮細胞の増殖からなる病変が血管性腫瘍と表現すべきものであると考えられるものの、実際には内皮のみでなくそれを支持する細胞(例えば血管周皮細胞や平滑筋細胞)や基質も付随した血管構造の増生(集団)を基本とする良性病変を従来「血管腫」と呼称している。これらの中には胎児期に出現し、生後に体や臓器の成長に応じて発育するものの、生理的な制御を逸脱して過剰に増殖することのない血管奇形 vascular malformation に相当する病変と、主に生後になって発生し、周囲の組織や臓器に対して不均衡に成長する増殖能をもった真の腫瘍としての血管腫(狭義)があると考えられている(Plast Reconstr Surg 69: 412-422, 1982)。肉眼を含め形態学的にそれらを明確に区別することは必ずしも容易ではなく、病変の異なる成り立ちを特に考慮することなくそれらを包括的に「血管腫」と命名・呼称してきたという歴史がある。
 ところが、当該病変に臨床上遭遇する機会が比較的多い皮膚科医の立場では、血管異常の研究に関する国際学会(International Society for the Study of Vascular Anomalies: ISSVA)の方針に基づいて、血管腫と血管奇形とを区別して病名に用いた分類(2014年、2018年改訂)が愛用されている状況である。

動静脈奇形の組織像(左:H-E染色、右:Elastica van Gieson染色)


 一方、一般の医療関係者を含むの多くは、WHO腫瘍組織分類に準拠して日常の病理診断業務を行なっているため、その分類で使用されている「血管腫 hemangioma/angioma」の名称をもっぱら用いており、上記のISSVA分類にある「血管奇形」の名称は、一部の病変(動静脈奇形)を除けばほぼ使用されていない状況と想像され、本項では後者のスタンスで記載を行うこととする。
 なお、上記分類を比較すると、ISSVA分類の方が詳細かつ網羅的であり、WHO分類に記載の無い病変も多く取り上げられているのが特徴である。ちなみにWHO分類に掲載されている静脈性血管腫 venous hemangioma は、ISSVA分類では静脈奇形 venous malformation に相当する。また、血管病変の中で日常遭遇する機会の少なくない海綿状血管腫 cavernous hemangioma はなぜかどちらの分類にも明記されていないが、おそらく静脈性血管腫・静脈奇形の範疇に暗に含められているものと想像される。

真皮に発生した海綿状血管腫(H-E染色)

軟部腫瘍組織分類上の血管性腫瘍

 WHO腫瘍組織分類(第5版)に掲載されている血管性腫瘍は以下のとおりである。なお、青字表記は前版(第4版)には記載がなかった部分である。

 ところが、同分類(書籍)のテキスト本体には解説文が記載されていない腫瘍(例えば hemangioma NOS)がある一方、テキストに解説があるものの上記分類表には記載がないもの(滑膜血管腫 synovial hemangioma、吻合血管腫 anastomosing hemangioma)がある上に、分類表と解説での扱いに齟齬が見られる病変(分類表では acquired tufted hemangiomaとKaposiform hemangioen-dotheliomaは個別の疾患として記載されているが、解説では両者は同義語として扱われている)があるなどの問題が存在する。さらに、hemangioma NOSと分類表上にはあるものの、その具体的解説は記載されておらず、臨床上遭遇頻度の高い乳幼児型血管腫 infantile hemangioma や膿原性肉芽腫 pyogenic granuloma(毛細血管性血管腫のうち皮膚や粘膜に発生した隆起性の病変に対する名称)、老人性血管腫 senile hemangioma (別名cherry hemangioma)などにも全く触れられていない。狭義の軟部組織でのこれら病変の発生が一般的ではないことが理由なのかもしれないが、現状は決して使い勝手の良い分類とは言い難く、今後の整理と改訂が望まれる。
 なお、内皮細胞には血管以外にリンパ管にも存在することから、その病変であるリンパ管腫 lymphangioma も血管腫などと同様に血管性腫瘍の範疇として分類上取り扱われている。

乳幼児型血管腫の組織像(H-E染色 左:4倍、右:20倍):毛細血管の分葉上の増殖からなる病変

 血管性腫瘍も他の軟部腫瘍の枠組みと同様に、生物学的態度に応じて良性、良悪性中間型、悪性の3つに区分されている。血管内皮腫 hemangioendothelioma という名称は本来良悪性中間型の血管性病変、つまり良性の血管腫と悪性である血管肉腫との中間的な生物学的態度を示す腫瘍を意味するものとして用いられたものであるが、個々の病型での研究が進歩するに従って当初の想定とは異なる事情が判明したことで、今日では取り扱いが異なっているものが存在する。例えば、かつて紡錘形細胞血管内皮腫 spindle cell hemangioendothelioma と呼ばれていた病変がその例としてあげられる。若年から中年の主に四肢に皮膚・皮下の結節状病変であるこの腫瘍は、組織学的には海綿型血管腫に類似した拡張性の薄壁性血管の増生と共にKaposi肉腫に類似した線維芽細胞様紡錘形細胞の束状増生が見られる病変であり、当初報告された時点では再発傾向が高く、所属リンパ節への転移を認めた例もあったとのことで希少転移型の中間型腫瘍として位置付けられた腫瘍であるが(Am J Surg Pathol 10:521-530, 1986)、その転移例は放射線治療を施行されていたことから、放射線照射後に悪性転化したもの(いわゆる放射線照射後肉腫 post-radiation sarcoma)である可能性が疑われる上に、後に明らかな転移をきたした例の報告記載はないため、今日では良性腫瘍と判断されており、名称も紡錘形細胞血管腫 spindle cell hemangioma に変更されている。なお、この腫瘍ではしばしば奇形的血管が隣接して認められるが、内軟骨腫症との合併例(Maffucci症候群と称される)が見られる上に、特定の遺伝子変異(IDH1/2の点突然変異)が高頻度に検出されることも報告されており(Nat Genet 43: 1256-1261, 2011)、血管奇形というよりも腫瘍としての性格が示唆される疾患である。

紡錘形細胞血管腫の組織像(H-E染色 左:2倍、右:10倍):
左図に見られる好酸性の球状構造物は陳旧化した血栓であり「静脈石 phlebolith」と呼ばれる

 また、しばしば粘液腫状あるいは硬化性の基質を背景に、上皮様の豊富な細胞質を有する腫瘍細胞の増生からなる類上皮血管内皮腫 epithelioid hemangioendo-theliomaは、骨軟部を主として皮膚及び肺や肝臓などの内臓器にも発生することのある腫瘍であり、当初は良悪性中間的(borderline)な腫瘍という位置付けであったものの(Cancer 50:970-981,1982)、症例が集積されてその生物学的態度がより詳細に検討される中で、遠隔転移を起こす、あるいはより異型性の目立つ血管肉腫相当の様相を伴う例が約20〜30%に昇ることが判明し、今日では血管肉腫と並んで悪性血管性腫瘍の一つという取り扱いになっている。ただし、その固有名称が臨床現場で広く浸透・汎用されているため、名称の変更には至っていない。なお、類似した名称である類上皮血管腫 epithelioid hemangiomaという疾患も存在し、それとの混同を避けるために注意を要するが、同腫瘍は主に成人の頭頸部や四肢の皮膚や筋内、時に骨内に発生する比較的稀な病変であり、上皮様腫瘍細胞から構成される小型血管構造の増生を示す良性腫瘍であって、FOSないしFOSB遺伝子の再構成が高頻度に認められる。一方、類上皮血管内皮腫では、特徴的な遺伝子変異(WWTR1::CAMTA1/ YAP1::TFE3融合遺伝子)の存在が知られている。

類上皮血管内皮腫の組織像(左:H-E染色、右:免疫組織化学):
上皮様腫瘍細胞にはしばしば特徴的な細胞質内空胞が見られ、
未熟な血管形成を模倣する所見と解釈されている
類上皮血管腫の組織像(左・中:H-E染色、右:免疫組織化学)

追記

血管腫/血管奇形の中には組織像の多様性に関わらず、Gタンパク質遺伝 (GNAQ、GNA11/14)における点突然変異が共通して見られるものがあるため、以下に代表的なものを紹介しておく

capillary hemangioma (Sturge-Weber syndrome): GNAQ/GNA11 codon 183 anastomosing hemangioma: GNAQ codon 209
congenital hemangioma: GNAQ/GNA11 codon 209
hepatic small vessel neoplasm: GNAQ/GNA14 codon 48/205/209
papillary hemangioma: GNAQ/GNA11 codon 209
thrombotic anastomosing hemangioma: GNAQ/GNA11/GNA14 codon 205/209
tufted angioma/kaposiform hemangioendothelioma: GNA14 codon 205

まとめ

  • 良性の血管増殖性病変には血管腫と血管奇形が存在する

  • これら病変の主な分類法としてISSVA分類とWHO腫瘍組織分類が用いられているが、後者の分類については今後改訂の余地がある

  • 病変の生物学的態度に応じて良性(血管腫・血管奇形)、良悪性中間型(主に血管内皮腫)、悪性腫瘍(血管肉腫と類上皮血管内皮腫)に区分される

  • 病変の中には研究の進歩により生物学的態度に対する認識や名称が近年変更されたものや、特定の遺伝子変異が見出されたものがある

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