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病理業務:コンサルテーションの作法

わからないこと(知識の欠如)を日頃どのようにして解決(補完)しますか?
関連文献を読んだりネットの検索で大抵は解決しますよね
でも、仕事の上でのノウハウや技術・スキルとなればそうはいかないことも少なくありません
一番手っ取り早いのは知っている人に聞く・教えてもらうことだと思います
つまり、コンサルテーション(相談)すれば良いのです
病理学(特に診療にかかわること)の分野もその例に漏れずしばしば私的に、あるいは特定の機関(日本病理学会など)を介してコンサルテーションが行われています

組織組織標本を十分な知識のある人(エキスパートと呼ばれる)に見てもらい、所見(形態上の変化、病変)と共に、どういった疾患名が該当するのか、あるいは鑑別として考慮されるのかを教えていただくわけです
特に初学者の場合には、新しい知識(教科書に記載されていないことも含め)を教えていただくことで大変勉強になる機会なのですが、ある程度知識のある人や実績を積んだ人の場合には、自分の考えや意見がエキスパートの意見と一致することでさらなる自信に繋がります(逆の場合には不勉強を反省することに…)
また、中にはエキスパートであっても判断できないような難解な場合もあり、「やはりそんな難しい例だったのか」と少しホッとしたりもします

でも、どんなものでも他者に尋ねれば良いというわけではなく、尋ねる前にはまず自身で調べる努力が必要ですし、その過程が本人の実力向上に大変役立ちます
一方、あまりにも基本的・初歩的なことを尋ねると、その人の不名誉な低評価へと繋がりかねません

作法1:他人に見てもらう前に、まず自分で調べよ

病理組織標本に見られる細胞や組織の形態は客観的ではあっても、その解釈は必ずしも一定ではなく、観察者の持つ知識の範囲や考え方によってしばしば左右されます
特に限られた範囲での顕微鏡観察では、得られる情報量が十分ではなく、観察者が自信を持って判断することが難しくなります
さらに問題となるのは、異なる疾患でありながら時に類似した形状・所見を示すことや、同じ疾患であっても症例(患者)によって、あるいは病変の中の異なる場所で、見え方が異なることがある点です
そのような判断に迷う、あるいは難しい場合には、病理組織標本以外の情報を入手した上で、総合的に疾患を類推することになります
その様な情報の中で基本的かつ必須のものが患者(臨床)情報です
具体的に言えば、患者の性別、年齢、病変の場所、経過、既往疾患、レントゲン像などの他の検査所見、といったものになります
必須という意味は、これらの情報が欠落している状態でもし病理組織標本に見られる特徴のみから下した判断は時として間違える、すなわち誤診する可能性があるから、と言うことなのです
自分の経験にはなりますが、かつてある胃粘膜の組織を顕微鏡で見たとき、そこに見られる細胞の異常な所見(「異型性」と表現されます)を基に胃癌と一旦判断したのですが、その患者が10代と知って、胃癌ではなく再生性変化(炎症やびらん、潰瘍などで損傷を受けた粘膜の細胞が修復する時に見られる変化の一つ)と見誤ったのだと、判断を直ちに訂正したことがあります
もちろんその年代でも胃癌が発生することはありますが、極めて稀なことであり、実際その患者では半年の経過を観察した結果胃の不具合は治ったとのことでした
もし、年齢を確認せずにそのまま胃癌と判定していたら、と思うと今でもゾッとします
誤診をして患者が不利益を被った場合には、患者に苦痛を与えてしまったという自己嫌悪だけでなく、今日では訴訟問題に発展するリスクが高いこともあります
このような基本的なことは病理診断を行う者には本来徹底的に教育されるはずであり、コンサルテーションを行う時に見ていただくコンサルタントに漏れなく伝達しなければなりませんが、時に情報を欠くコンサルテーションを依頼される場合もあり、相談される側としても困惑します

作法2:コンサルタントに患者情報は漏れなく伝達すべし

実は十分な情報が手元にありながらも、結論に至らないコンサルテーションも少なくなく、その様な場合は特殊補助診断といって、免疫染色や遺伝子解析といった特殊な検索方法を実施します
特に前者は今日汎用かつ日常的に実施されている方法です(詳細は他に譲ります)
これらの方法をできるだけ駆使して曖昧な結論をより確実なものにする(つまり診断の精度を上げる)ためにコンサルタントは努力します
なお、これらを実施するためには、染色されていない組織標本をコンサルタントに別途提供する必要があり、通常10枚程度のスライド標本を同封しますが、もし、それらを提供しないのであれば、あくまでも暫定的な(しばしば精度の低い)意見がコンサルタントからの回答として提供されることを心得ておく必要があります

免疫染色のためには一次抗体と呼ばれる試薬とそれに関連する染色用キット、染色装置等の準備が必要であり、それらを購入し管理するためには別途費用が必要です
(1枚あたりの実費コストは¥1,000以上)
また、免疫染色を担当する人材(多少なりともトレーニングされた人)も別途必要であり、その人件費も実は考慮すべきなのですが、通常この種のコンサルテーションは全てコンサルタントのボランティアとして行われ、費用はコンサルタントが負担している状況です

遺伝子解析(病変に特徴的な遺伝子変異の有無を調べます)についても同様であり
組織標本からDNAやRNAを抽出してその配列を分析したり、蛍光色を発する試薬を反応させて特殊な顕微鏡で観察したりするわけですが、それらの費用は一回あたり数万円を要します

費用に加えて、それらの検査の準備には手間(人手)を要し、もちろんある程度の時間も必要です
実は陰にこの様な苦労があることを依頼する側は十分に理解しておくべきなのです
もちろん、全ての依頼に対してこの様な特殊な方法を実施するわけではなく、もっぱらコンサルタントが必要と考えた場合に行うわけですが、臨床医を含め依頼する側からそれを期待されることもあり、引き受ける側としては悩ましく感じます
いずれにしろ、コンサルテーションはコンサルタントのサービス精神に依存している部分が大きいことを心得ておくべきであり、依頼する側はその精神に対して常に感謝し、余計な負担をかけないように配慮すべきです

作法3:コンサルテーションはコンサルタントのサービス精神に依存していることを心得、感謝せよ

なぜ、コンサルタントはそんなに寛大なのか?
一般には理解し難い点かもしれませんね
一つには自分自身もその様な他者への相談を行なって成長してきたという経験があるため、その行為を継承し社会に還元するといった意味があると思います
また、相談されることで珍しい症例の標本を見る機会が得られ自己研鑽に資するという点や、コレクションとして組織標本や情報を確保できることで自身の研究や、総説や著書などの執筆にも利用できるといった側面、さらには相談を介した人脈形成という意図もあったりするからです
そして、中には他者に頼られることが自分の存在意義に繋がっていると感じているコンサルタントもいるのではないでしょうか(自分もそうですが)

しかしながら、労力や必要経費が年々過重となっており、今後サービス精神では実施できない場合もあるえることは理解していただく必要があり、特に行政(厚生労働省)には今後の速やかな支援を期待したいところです

費用負担をどうする?

お願いして引き受けていただいた相談に対する回答が、一体どのように活用されているのでしょうか
もちろん有効に、前向きに意見が反映されていることとは思いますが、残念ながらその顛末はなかなかコンサルタントには伝えてもらえません
中には、「大変参考になりました」とか「助かりました」などと言うお礼の連絡(時にはお礼と称したお気遣いの品)が届くこともありますが、回答を届けてもナシのつぶてということも少なくなく、果たして役に立てたのかどうかと言う以前に、回答がちゃんと届いたのかどうかさえ不安に感じることもあります
回答意見が診断等に採用されたのか、あるいは何かの理由でそうではなかったのかといった点をコンサルタントにフィードバックしていただくと、それはコンサルタント自身にとっても有益なことであり、推奨されるべきことと思います

作法4:相談の回答が届いたら、まずはコンサルタントにお礼を言うべし

ところが、中にはコンサルトに事前の断りもなく、意見や回答結果を学会や論文での発表に用いたりするという不見識・不とどきな輩がいたりするのです
狭い社会なので、その様な情報は遅かれ早かれコンサルタントの耳に届いて嫌な思いをしますし、互いの信頼関係にも影響します
面倒に感じてもきちんと事前に断りをして、場合によっては発表の共同演者や共著者にコンサルタントに加わっていただくよう承諾を得るべきであり、もしそれが何らかの理由でできない場合には、せめて謝辞に名前を入れさせていただくことがこの業界での暗黙のルールです
病理診断(検査)報告書やコンサルテーションの回答書の書式には「学会や論文発表に際して」の注意事項が記載されているものがありますが、診断者やコンサルタントと、診断(検査)結果や意見のとり扱いにおいて、無用なトラブルを回避するための一つの工夫という意味があります

なお、コンサルテーションはあくまでも「相談」として位置づけであり、その意見を自身の病理診断に反映させるか否かを含む最終責任者は依頼を行った者であることを十分に認識しておくべきです
言うまでもありませんが「意見」は診療行為と判断される「診断」ではないのです
言い換えれば「コンサルタントの意見が〇〇であった」「コンサルタントから○○と意見された」ということを受けてそのままその後の診療が進むのではなく、「本例は○○と診断する。なお、コンサルタントの意見は○○であった」という意味合いということです
こう言うとまるでコンサルタントが責任を回避しているように聞こえるかもしれませんが、最終責任は依頼側にあることを了解しなければ、縁もゆかりもない(見ず知らずの)患者のコンサルテーションを引き受けることはできない、あるいは自由に意見を述べることはできないとコンサルタントは感じることでしょう
そこは費用と時間、労力を使ってしばしば難しい症例を検討しているコンサルタントの立場になって考える必要があります(もちろん適当な意見を述べるわけでは決してありません)
また、民事訴訟などの係争事案となっている患者の組織標本をコンサルタントに送付して意見を求めるといった事例が稀にあるようですが、例え第三者としての意見(いわゆるセカンドオピニオン)を提供できたとしても、その責任をコンサルタントが負うことはできませんし、コンサルテーションを仲介している日本病理学会等も、その様な事例ではコンサルテーションを引き受けないことを告知しています

作法5:コンサルタントの回答はあくまでも「意見」であり、それを採用するか否かの判断(最終責任)は依頼者にあると心得よ

他者にコンサルトすることは決して恥ずかしいことではなく、むしろ自身の能力の及ぶ範囲や限界を冷静に判断した結果のある意味謙虚な態度と思います
その道のエキスパート・権威に教えていただくノウハウやtipsはとても貴重であり、同僚や後輩などとも共有すべきものです
その様な利点の大きいコンサルテーションが円滑にかつ気持ちよく行われるためには、そのルール・作法に則って依頼や相談を行わねばなりませんが、時代の変遷に伴って十分に伝承されづらくなっていることや、成書文献上での記述も乏しいことから、ここに記載しておく次第です


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