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稲作創話「棚田物語」丙類01「おさきにやまかがしがしゃべりたがり」

 人間さんならご存じのように、3年前には愛玩目的での飼育が禁止され(って、3年前まであたいを愛玩目的で飼ってくれていた人間がいたなんて、感激だ!)、翌年令和3年には特定動物として、「人の生命、身体に害を加える恐れがある動物」にやっと認定されたので、そのアニバーサリー、記念にと、あたいが棲むこの棚田でお米作っている主、我が田主様に挨拶に赴いたにもかかわらず、逆にひどい目にあった話から、「棚田物語」を始めようじゃないですか!(って、あたいのからだより長い一文だった。)

 13年も前からこの棚田を借りて、自然農法とやらで、農薬も除草剤も化学肥料も鶏糞も牛糞も使わずに、大勢人呼び込んで田植えしたり、除草のためだと、30㎝ほどの鉄のチェーンを50本ほど結わえ付けた2m余の棒を田(でん)中引き摺ったり、大正時代から篤農家が使っていたコロガシの進化系だといって、「アメンボ」という名の2連式の鉄製の機械を押してみたり、まあ、苦労して4反15枚ほどの田を作っているのを見てきて、ここはひとつ、記念に初めてお会いしとこうではないかと思ったわけだ。
 6月の田植えも終った梅雨の晴れ間、田に下りる小路の脇の石積みの上で、あたいはのんびりととぐろを巻いて待っていたんだわ。そしたらやって来たのは、田主じゃなくて、この田のお手伝いに来ているおばはんのひとり、ミクさんで、あたいを見るなり悲鳴を上げて、目を三角にして踏ん反り返って尻餅付いて、すっ飛んで帰ってしまったげよ。ミクさんは、この棚田よりもっとお四国の山奥の出だそうだから、あたいが「ヤマカガシ」だということは知っていて、さらに、猛毒を持っていることも知っていて(ほんとはちゃうけど!)、スマホのラインですぐに仲間に、あたいの存在を拡散してくれて、おかげであたいは一躍、この谷一の有名蛇(人、じゃないで!)になっちまった。「一夜明ければスーパースター」ってなもんで、他にもこの谷で自然農法やら近代(慣行?)農法している田主たちが十人近くいるが、彼らの間じゃあ、あのニッポンマムシ様を差し置いて、「時の蛇」に成れたってわけぜよ。
 だが、それからいくら待っても、この棚田の田主どんには会えなかった。どうもすれちがいじゃったよう蛇(じゃ)な。それでも十日ぐらいまった頃、いつものところでとぐろ巻いて寝そべっていると、やっと、奴はきたよ。六十の還暦前のよれよれおっさんだよ、ここの田主どんは。そう、タヌシではなくてタヌキに似てもいるかも知れねえな、信楽焼の。しかし、そのタヌキが、それからひどい仕打ちをあたいに対して行ったわけよ。
 初めて会ったんだよ。初めて会ったにしては、いいご挨拶だったよ、まったく。目と目が合った途端、手に持っていた八反摺りという、これまた江戸時代からかもしれねえな、除草と中耕のための道具で、鉄の歯が10本ほど下向きに付いていて、それで田の表面をひっかく仕掛けの棒よ。その棒を逆さに握り替えて大上段に振りかざし、あたいをたたきにかかるのよ。待ってよ、初めて会ったご挨拶がこれですかって、思ったね。実際、もっと田主の好きな「観察」ってなもんをしてくれて、それでも気に入らなきゃあ、まあ、仕方ない、追い返すぐらいの仕打ちは、こちとら龍蛇族の末裔、覚悟はしてはいたがよ。
 無論、かわしたよ。素早くとぐろを解いて完璧にかわして、後ろの石垣の隙間に潜り込んださ。これは、こちらのお手のものだもの。そうして潜り込んで身を翻して、田主がそれからどうするか、覗いたよ。覗く余裕はあったよ。ここまで入り込んだら、そう簡単には突っ込まれないさ。田主の野郎は暫くはこっちを睨みながら、例の八反摺りの握り棒の先であたいが逃げ込んだ穴を突っついていたが、すぐに諦めたな。ただでさえ作業時間がないのに、こんな野郎にかまっているより、早く田仕事に取り掛からないと追っつかないのは、あたいも知っている。何せ、この田主、田作りが本業じゃないもの。半農半Ⅹ、どっちも中途半端な二龍神、否、二流人だもの。(Xについては、また、機会を見て、ゆっくりと話すことにしよう。こちらも、おもろいぜよ!)
 その日は、それで済んだがな。次の日よ、あたいもも一度きちんと「晴れて特定動物に認定されました」と挨拶して、すっきりしたかったよ。気持ち良い挨拶だけして、それからは、それまでと同じように「棲み分け」しましょと。
 ただ、気になっていることはあったな。この田主、実は、仲間のニッポンマムシ様を石を投げつけて「退治」したことがある。見てたのよ。ちょうど、真向いの石垣の穴から。そしたら、足元に偶然あった大きな石を大上段に振りかざして、ニッポンマムシ様に投げつけた。「石ころよ、また間違えた、いちころよ」だったらしい。後で、事件の現場をのぞきに行ったよ。確かに、ニホンマムシ様は崖下のヨセ溝の水の中で、無残にも息絶えられておられた。そして、これも見慣れた景色だけれど、川蟹たちがニホンマムシ様を挟んで大宴会していたな。石で見事に引き千切られたハラワタを両側から囲んで、大小5,6匹の川蟹たちの大宴会。うまそうに食ってたなあ。ああいう食い方、ワレらにはできないな。わいらは丸呑みだもの。親兄弟や子供たちや仲間と、楽しそうだったな。正直、うらやましいと思ったよ。クランポン様からの贈り物だと感謝して食ってるのかなとも、思ったよ。
 そして、次の日。田主は、ワレを見つけるや、また、持っていた八反摺りでワレをたたきにかかる。ワレは、また素早く身をかわして、ねぐらの穴に逃げ込む。すると、田主もさっと身を翻す。そう、あらかじめ用意して持ってきていた爆竹やらロケット花火やらを取り出して、それらに火を点けて、ワレが隠れた穴に詰め込んで、投げ込んで、爆発させた!
 やりやがったよ、まったく。煙たかったな、さすがに、火にあたってやけどをするほどへまじゃなかったが、煙たかった。ごほごほよ。ごほごほだから、別の穴から外に逃げ出そうとも考えた。考えたけれど、そこには無情の田主が八反摺り構えて待っている。仕方ないから、さらに奥に逃げ込んで、金輪際、挨拶なんかで出てやるもんかと固く決心して、モグラ穴を通って、別の石垣に逃げ込んだのさ、そう、鯛焼き君みたいに(って、歳がばれるぜ!)
 そして、一月後。今度は田の畔で、お玉じゃくしから蛙になったばかりのお玉蛙(?)を狙っているところに、この田主に田を貸しているいとこのおっさんがやってきた。よしたさんって、田主は呼んでたな。田主より5つくらい上で、男前のおっさんや。
 で、やられたね。
 結構機敏にうろちょろするお玉蛙を狙っていて、気が付くのが、0.1秒遅かった。このおっさん、田主とは違って稲作歴50年、棒使いの技の速さが違い過ぎる。振り向いたときには、三角ホーの除草棒の餌食になっておった。これで、あたいの「蛇生」は終わりや。まいったで、ほんま。
 〽「ああ我も また川蟹の 宴会の メインディッシュと なりにけるかも」
 ヤマカガシ、ヤマト龍蛇族の末裔は、こうして辞世の歌を詠んで死んでいくぞよ。
 で、そう、死んだのに、なんで、こげなにしゃべっているかというと、霊ぜよ。魂でよ。つまり、これ、この物語、「霊界通信」なのだよ。ワトソン君(って、あたいは、蛇ーロック・ホームズか!)
 ではそろそろお時間となりましたので、あたいの話は、また、今度。ですが、次の「棚田物語」は、この棚田の近くにある滝の守り神、白猪大神(シライノオオカミ)様のお言葉を取り次がせて頂くことになりそうではありますが。
・・・、そう言って蛇ーロック・ヤマカガシは、霧の田々(デンデン、ロンドン、無理がある!)に消えていくのでありました。

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