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「くりかえす鼻血〜後編〜」

皆様こんにちは。今回のすくナビの担当は竹村 豊と、血液疾患が専門の坂田尚己です。テーマは「鼻血」です。これを適切に説明するには、1回のブログではおさまりきらないので、すくナビ初の前後編の2回でお送りします!後編は坂田の担当です!

今回も前回と同じ質問

「5歳の男の子です。鼻血がよくでるのですが、大丈夫でしょうか?」

にお答えします。

鼻血を繰り返すと「もしかして白血病?」などと心配する人もあるかもしれません。実際、ドラマなどで白血病が扱われると、そういう心配をされて受診される方が増えるのです。前編では「ほとんどの場合、問題がない」ことを鼻に原因がある「局所的要因」を中心にお伝えしました。後編では局所的要因以外の場合、病気のひとつの症状として鼻血がでる「全身的要因」についてお話します。これは、血が止まるまでに時間がかかる、鼻血以外の出血症状(皮膚の出血斑・紫斑)がある、顔色が悪い、繰り返す発熱,四肢や体の痛みもある、といった症状を伴う場合です。早速ですが、後編も結論からお伝えします。

「血の止まる仕組みを知り、適切に医療を受ければ大丈夫!」


この結論にいたる理由について3つにわけてお話しします。

1.      血が止まる仕組みは、一次止血と二次止血の2段階に分かれている。
2.      一次止血に関わるのは血小板とvWFで、それぞれに関わる多くの病気があるが、適切に診断されれば多くの場合で治療が可能である。
3.      二次止血に関わるのは凝固因子で、この異常により血友病を発症するが、補充療法や抗体製剤による治療で病気のない方と変わらない生活ができる。

1.      血が止まる仕組みは、一次止血と二次止血の2段階に分かれている。

病気について説明をする前に、まずどのようにして血が止まるかについてお話します。
毛細血管が破れて出血が起こった場合、2段階で血を止める機能が働きます。
 
1) 第一段階= 一次止血
一次止血はいわば応急処置です。毛細血管が破れて出血が起こると血小板、フィブリノゲン、フォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor, vWF)の3つが集まってきて栓(血栓)を作り、穴を塞ぎます(図参照)。

2) 第二段階=二次止血
血栓ができると同時に、血液中に含まれる凝固因子というものが次々と活性化します。出血の起こった血管の内側から組織因子が放出されると、まず、第7因子が活性化され、それを契機に次から次へ凝固因子が活性化されトロンビンが形成されます。トロンビンは凝固の流れをさらに加速します。それにより安定化フィブリンが爆発的に形成されます。安定化フィブリンが破損箇所を強固に塞ぎ、止血は完了します(図参照)。

注)活性化した凝固因子を赤で示しました(筆者作成)

したがって、これらの止血に関わる因子のどれかが減少、あるいは機能が悪くなると血が止まりにくくなります。特に重要なのは血小板、vWF、凝固因子の第8因子第9因子です。では、これらの止血に重要な因子が関係する病気についてご説明しましょう。

2.      一次止血に関わるのは血小板とvWFで、それぞれに関わる多くの病気があるが、適切に診断されれば多くの場合で治療が可能である。

1)血小板
TVアニメはたらく細胞でご存知かも知れませんね。血小板は骨髄で産生されます。よって、骨髄の造血機能が低下する病気である再生不良性貧血や白血病では、血小板数が低下します。このような病態では、血小板だけでなく貧血で顔色が悪くなったり、正常な白血球が減少したため感染症を発症して発熱したりといった症状を伴います。
急性白血病は小児がんで最も多い疾患です。特に小児では急性リンパ性白血病が白血病の80%を占めます。昔は不治の病の代表のような存在でしたが、近年、治療成績は急速に改善し、標準的なタイプでは生存率が90%に達するようになりました。さらに、難治・再発例に対しても新規の治療法(新薬や免疫細胞療法等)が開発されています。今ではドラマの主人公の病気としては少々役不足かも知れませんね。
血小板数だけが低下する病気もあります。以前は特発性血小板減少性紫斑病と呼ばれていた免疫性血小板減少性紫斑病(Immune Thrombocytopenia, ITP)が代表的です。乳児期のウイルス感染症や予防接種後に、 免疫の異常で血小板が壊される疾患です。多くは自然に治癒しますが、発症時に通常は15~30万の血小板数が数千台に低下している場合があり、約0.5%の頻度で頭蓋内出血といった重篤な出血が起こることもあります。鼻血だけでなく、歯肉出血、点状出血斑、紫斑、生理出血がひどいといった症状が見られます。また、頻度は少ないですが、先天性血小板減少症が持続型ITPとして経過観察されていたりすることもあります。
血小板の機能が悪い(凝集できない)場合も止血困難の原因となります。止血機能を発揮するためには、血小板がフィブリノゲンやvWFと結合することで、血小板が凝集する必要があります。生まれつきに血小板凝集に異常がある場合が稀にあります。実際に、貧血がひどくなるほど鼻血が止まらず、精査で血小板凝集異常症であった例も経験しています。
2)フォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor,vWF)
先天的にvWFの少ない、あるいは機能が悪い疾患としてフォン・ヴィレブランド病(vWD)という疾患があります。常染色体優性遺伝形式で子孫に伝わります。鼻出血、歯肉出血、生理出血などの粘膜の出血が特徴的です。出血時にはvWFを含んだ血漿製剤の補充により治療を行います。近々、遺伝子組換え型のvWFを治療に使用することが出来るようになります。

血液製剤

3.      二次止血に関わるのは凝固因子で、この異常により血友病を発症するが、補充療法や抗体製剤による治療で病気のない方と変わらない生活ができる。

最後に、血友病についてお話します。血友病とは、二次止血に関与する血液凝固因子のうち、生まれつき第8因子(血友病A)、第9因子(血友病B)活性が低下している疾患です。乳児期につかまり立ちやよちよち歩き出す頃に、下腿や臀部を中心にいわゆる青あざ(皮下出血、紫斑)が目立つようになります。原因の遺伝子は、性染色体(X染色体)上にあり潜性(劣性)遺伝形式で子孫に伝播するので、母が保因者で男児に発症します。古くはユダヤ教の聖典に記載があり、英国ビクトリア女王の家系が歴史上最も有名な家系として知られています!粘膜出血は少なく、関節や筋肉内の出血が多く、繰り返し出血することで関節が固くなり動かなくなります(血友病関節症)。根治療法は遺伝子治療ですが、現時点では実用化されておらず、不足している凝固因子の補充が治療の主体です。古くは輸血や血液から作った濃縮凝固因子を用いていたため、患者さんにエイズウイルスが感染しました(薬害エイズ)。現在は,遺伝子組換え製剤が開発されており、感染症を心配することなく補充療法を行えます。近年、家庭で定期的に補充療法を行うことで出血を予防することが一般的となっています。そうすることで、将来の関節症を予防できます。また、学校の体育だけでなく、クラブ活動として野球やサッカーを楽しむことも可能です。しかし、補充療法は凝固因子製剤の半減期の問題で、血友病Aでは週3回、Bでは週2回の定期補充が必要です。近年、製剤の進歩により半減期延長製剤も利用でき、Aで週2回、Bでは7~14日間に1回と回数を減らすことも出来ています。さらに、血友病Aでは、第8因子の機能を代用する抗体製剤も開発され、静脈投与ではなく皮下投与で、また、投与間隔も2週~4週に1回の製剤が出現しました。活性値は15%程度に上昇しますので、活動量の比較的少ない患者さんの生活の質(QOL)は一挙に改善されました。ちなみに、この抗体製剤は日本の大学小児科と製薬会社が共同で開発しました。

 ここまで、鼻血がよくでるのですが大丈夫でしょうか?という質問に答える形で、血が止まる仕組みからその異常による病気ついて説明しました。数のとても少ない病気ではありますが、血液疾患の近年の治療の進歩には目を見張るものがあり、大丈夫であるということをご理解いただけたかと思います。直接このような相談をしたいという方は、 お気軽に近畿大学病院小児科・思春期科を受診してください。 よろしくお願いします。


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