(3/3)洗脳原論(苫米地英人著)を読んで

ここまで催眠について詳述しましたが、ではオウム真理教の洗脳の現場はどうだったか。
オウム真理教ではサティアンという独自の宗教施設があります。そこに信者が集まって修行するのですが、有名なのは独房修行です。

文字通り独房に入れられるのですが、そこで信者は睡眠が剥奪されます。この睡眠の剥奪が変性意識を引き起こします。そこで戦争映像がサブリミナル的に入った地獄の映像を流し、恐怖を植え付けます。その恐怖をアンカーとして、教祖の「疑念だ 疑念だ」というテープを大音量で流します。そうするとどうなるか。その「疑念だ」という言葉がトリガーとなって、独房以外の普段の生活でも一度でも教祖を疑うようなことを思ったり、他の信者から修行態度を改めさせる言葉として「それは疑念だ」と言われたりすると、アンカリングされていた恐怖体験が呼び出され、信者はブルブルとその場で震えます。まず恐怖を支配するんですね。そのために独房での変性意識状態の中、アンカーとトリガーを埋め込まれます。

その反対に快楽をも支配されます。独房修行でLSDを投与されて、トリップ状態に陥ります。それ即ち強い変性意識状態なのですが、その恍惚体験をアンカーとして教祖の「修行するぞ」のテープや教祖の唄を流すことによって、それがトリガーとして機能します。なので普段修行しているときも教祖を見ただけで恍惚体験が呼び起されます。他の信者から「教祖が期待している」と言われると頭が真っ白になります。別の恍惚体験というと座禅を組んでピョンピョン上に飛び跳ねる修行があります。そのことで床に尾てい骨を打たせることで前立腺が刺激され快楽を得ます(まあ所謂ドライオーガズムです。それを悟りの境地と言っていたんですね)。
そのようなプロセスを経てだんだん現実世界の臨場感が薄れていきます。そしてトリガーによってアンカーを何度も発火させることで、長期記憶化させます。そうなると洗脳サイクルの完成です。通常状態にいてもトリガーによってすぐ引き戻されるわけですから。

では、なぜ信者はオウムから脱会することはできなかったのか?またなぜ東大卒のインテリが多くいたのか?社会的な文脈は前々回記しました。個人レベルではどうだったか。ここでのキーワードは神秘体験です。
オウムが使っていた洗脳は瞑想による神秘体験を利用します。ヨーガのアーサナと呼ばれる呼吸法は吐く息を長くすることで脳を酸欠状態にし、強い変性意識を引き起こすのですが、上手くいくと神秘体験が得られます。
この神秘体験がやっかいで、例えば皆さんが友達の信者にオウムの教義のデタラメをいくら説明しようと彼らは
「君の言うことはわかってる。ただ私は体感してしまったのだ。圧倒的な強度で。それを君には理解できない。君の知らない世界があるんだよ」
と言われてしまいます。本人にとっては圧倒的体感で揺るぎないため、言葉での説得は太刀打ちできないのです。いや、神秘体験は神秘現象を意味しないと言ったところで変わりません。他には信者間にある階層の中の地位向上も修行を続ける動機として機能したでしょうが(オウムは細かく階層を設定しました)、やはり一番は神秘体験でしょう。

ここまで洗脳について記しましたが、最後に我々の生きる現代とどう関係するのかを述べ、終わりたいと思います。

洗脳という点でいうと、我々人類は潜在的に洗脳されるリスクを負っています。変性意識状態がありふれた状態であることは初めに記しました。洗脳されるリスクは誰にでもある、これを自覚することが洗脳を防ぐ第一歩です。洗脳されそうなときに、もしかしたら何か仕掛けられているかも、と内省的自我を介入することで、主導権を渡さずに済みます。
二つ目は、洗脳は快楽と恐怖を利用する、ということです。特に恐怖を利用します。恐怖によって前頭前野の働きが抑えられ抽象思考ができず、特定の情報を植え付けられやすくなります。
三つ目は複数の視座を獲得することです。単一の視座(例えばお金)だけですと、思想は極端化します。そうでなく、仕事や家族や友人、生涯教育、趣味など複数の視座を持つと単一の視座が相対化します。
四つ目は終わりなき日常がこの先も続いていく、ということです。近代化によってますます人々は入れ替え可能な存在として扱われる中、前々回の宮台氏は”社会という荒野を仲間とともに生きる”戦略を提示します。

思えば私が洗脳やオウム真理教、地下鉄サリン事件に強い学問的興味を覚えたのも、自分が自分で無くなるという事態に、自らを重ねていたからかもしれません。終わりなき日常という不全感に苛立ち退屈し、一時期自己啓発に走ったこともありました。そうであるからこそ、時代が違えば私もオウム信者になっていた可能性は高く、他人事だとは思えなかったのです。

(ここに書けなかったオウム真理教に関する部分は、著者がユーチューブで無料動画を公開しています。興味のある方は是非見てみてください。)

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