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金曜22時電車内

小学校は卒業式。
我が子の学年は休みであった。
ならば、と久しぶりの遠出で楽しみすぎた為、帰りが遅くなってしまった。

電車に乗るのは半年ぶりだろうか。
いつも車移動なので、たまに電車に乗りたくなる。

我が子の電車好きが影響し、私も少し興味を持っている。
いつかあれに乗ろう、あの駅に行ってみたい、など親子の会話を楽しむ。

帰宅ラッシュを避けようと、NewDaysで近所のコンビニには売っていない味のおにぎりを買ったり、先ほどからとても良い香りを放っているクロワッサンを買ったりして時間をつぶす。

ほんのり温かいクロワッサンに我慢ができず、ホームの端まで行って2人でムシャムシャと食べてしまった。
もっと買えばよかったと後悔したが、また次回のお楽しみとする。

ベンチに座り、ぼんやりと電車を3本ほどやり過ごした。
空いている車両もちらほら見受けられるようになったので重い腰を上げて乗り込む。

シートはほとんど埋まっていたが、目の前にひとつ空きがあったので我が子を座らせた。
電車が発車するとともに目を閉じ、うつらうつらとしている。
私は側に立ち窓の外を流れるネオンや、赤提灯を見ていた。

次の駅に停車すると、3人のサラリーマンが乗り込んできた。
全員白いビニールの袋を手にしている。
少々お酒が入っているようで、ワイワイと会話を楽しんでいる。
手に持っている袋の中には家族へのお土産が入っているらしい。
これを渡せば怒られずに済む、というような事を言いながら笑い合っている。

ものすごく気になる袋の中身。
たぶんすごくおいしい物だと思うのです。

次の駅で2人が降りてしまい、そこで会話は途切れて結局私は袋の中身を知ることはできなかった。
ひとりになったサラリーマンは、「ふうっ」とため息をつきドア近くに寄りかっている。
仲間の手前、気を張っていたのだと思う。
顔に疲労の色が見え始め、眉間に皺を寄せて目をつぶってしまった。

気がつくとシンと静まり返る電車内。
ガタンゴトンという音しか聞こえない。
そっと周りを見渡すと、やはり平日の車内だけあって仕事帰りと思われる人たちばかり。

持っていた某室内テーマパークのキャラクターがプリントされたド派手なお土産入りの袋を体で隠してみた。

電車に乗ると自分を含め、皆スマホの画面を見ていることが多いと思う。
しかし我が子の座るシートの面々は、誰もスマホを手にしていなかった。

寝ている人。
一点を見つめている人。
イヤホンで何か聞いている人。
私のようにじっと外を見ている人。

この空間に共通しているのは、みっちりと詰まった「疲労」であったと思う。
各々から滲み出すドロっとした「疲労」が膝上あたりまで車内に溜まっている。

私もシートに腰を下ろせばすぐに眠りにつきそうなほど疲れていた。
誰ひとりピクリとも動かず、喋らず、ただ電車に運ばれていた。

席が空いているのにそこまで動く気力もない。
私はどうやら手すりと同化し始めているようだ。
全く動けず、靴の裏が床に根を張り出した。
多少の揺れではびくともしない。
手すりを持っているという感覚もない。
接木のように私は銀の手すりと繋がった。

だんだんと駅前が寂れた街ばかりになっていき、煌びやかなネオンも赤提灯も見えなくなってしまった。
見つめる窓には疲れ切った自分の顔が映るのみ。

疲れが出てくる夕方くらいから、まぶたも窪むし、顔は土色になるしで散々だ。
手すりと同化した私は、もはや樹木にしか見えない。
目の前のシートに根付いた微動だにしない面々は、さながら地蔵といったところか。
これは始まるぞ、笠地蔵。

くだらない妄想をしているうちに電車は降りる駅に停車。
樹木は我に返り、我が子を揺り起こし、ド派手な袋を抱えてホームに降りた。

なんだか少し体が軽くなった気がする。
電車では立ちっぱなしで疲れているはずなのに。
おそらく私は「疲労」を少し電車に置いてきたようだ。

地蔵たちも「疲労」を電車に置いていき、なんとか家までたどり着いてほしい。

今日の積読
地球の歩き方 ムーJAPAN: ~神秘の国の歩き方~






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