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#7.5 I see...

〇〇:「カッキ〜」

車から〇〇さんが声をかけてくれる。
相変わらず変なイントネーションで。

賀喜:「〇〇さん!……っ」
〇〇:「いや、いきなり泣くんかい」

迎えに来てくれるって聞いて嬉しかった。
今日は和と“乃木坂46のの”の収録。5期生のマネージャーだから、今日も〇〇さんは和の送り迎えをすると思ってたから。
直接顔を見たら、思わず涙が出てきてしまった。

賀喜:「だって…」
〇〇:「とりあえず乗りな。俺が泣かしてるみたいだわ」
賀喜:「…はい」

一瞬迷って、助手席に乗り込む。
普段は助手席にメンバーは乗せないようにしてることは知ってる。後ろに乗るように言われるかもしれなかったけど、彼は何も言わず、運転を始めた。

〇〇:「ちょっとご無沙汰な感じするな」
賀喜:「…ちょっとじゃない」

別に口答えがしたいわけじゃない。
こんなに長く顔も合わせてなかったのに。
そう思ってるのは私だけなのかなって、そんなことが頭をよぎってしまって、つっかかってしまう。

賀喜:「…ごめん」
〇〇:「…なにが?」

この人にはちゃんと言葉にしなくちゃ。

賀喜:「…わざわざ迎えに来てくれたのに、こんな対応して…ごめん」
〇〇:「迎えに行くって言い出したのも、身の丈にあったわがままはドンドン言えって言ったのも俺だと思うんですけど」
賀喜:「…でも迷惑かけちゃって」
〇〇:「ほう、カッキには俺が自分から言いだしたくせにいざ頼られると迷惑だって思うやつに見えていると」
賀喜:「〜〜〜っ」

口喧嘩では勝てそうにない。

賀喜:「…ありがとう。迎えに行くって言ってもらえて嬉しかった。助手席座っても、何も言わなかったのも嬉しかった」

何度目だろう。
こんな風に自分を卑下すると、この人はいつもそれをどうにかしようと言葉を尽くしてくれる。

〇〇:「はい、どういたしまして。また自覚が薄れてるんじゃないかと説教することになるかと思った」
賀喜:「…それはちゃんとわかってる…」
〇〇:「ならいいです」


〜〜〜〜〜〜〜〜


最初はちょっとした違和感だったと思う。
一晩眠れば、明日になれば、そう思いながら過ごす日々に、少しずつ身体がついてこなくなっていた。
心はもっと頑張りたいと急かしているのに。
そのギャップに焦りばかりが募った。去年の全国ツアー中、それがついに爆発した。
今じゃない、どうして今、まだやれるはず、もっと頑張れるはず、大した事ない、私はまだ…

〇〇:「病院に行きなさい」
賀喜:「…大丈夫です。少し休憩すれば…」
〇〇:「賀喜」

この人は普段、変わったイントネーションで私を呼ぶ。でも、今はそうじゃない。

〇〇:「病院に行きなさい」

この人は大きい声を出すとき、丁寧な口調になる。
怒っているように聞こえると、怖がらせるかもしれないからって笑って言ってた。でもちょっとオネエっぽいかな?って。

〇〇:「今、君がどれだけ大丈夫だと、平気だと言ってもそれを信じることはできません」

今は大きい声じゃないけど、丁寧に言い聞かせる様に。きっと凄く怒ってるんだと思う。わざわざ来てくれたけど、顔も見れない。

〇〇:「君は真面目で一生懸命だから、人一倍頑張らなくちゃ、休んでる場合じゃないと、そう思うのかもしれない。けどもし今、無理をしたら今後、不本意な形で活動を終了しなくてはならなくなるかもしれない」

大げさ。と言いたいけれど、そうじゃないことはわかる。今現在も活動を休止して、療養に専念しているメンバーもいる。

〇〇:「自覚しなさい。自分がどれだけ大切に思われているのか。君が無理することでどれだけの人が悲しむのか。限界を超えることを美談と思わないでください」
清宮:「…かっきー、休もう」

いつの間にか、すぐ横に同期がしゃがみこんでいた。

清宮:「ちゃんとかっきーが笑って元気に活動できるようになるまで、皆待ってくれるよ」

彼女も活動を休止して療養していた時期があるから。ちゃんと休んだから今も活動できてるってわかってるから。

賀喜:「…すいません…すいません」

ポロポロと涙が出てきて止まらなくなった。
心配をかけて、迷惑をかけて、意地を張ってしまって。

〇〇:「もし後悔をするなら、休むことでも、迷惑をかけたことでもなく、限界を超えてしまったことを後悔しなさい。君がどれだけ無理をしているのか、追い詰められているのか、真に理解できるのは君だけです。我々が察して、君の活動をセーブ出来るならそれが一番かもしれません。けどそれは出来ません。我々は医者でもなければエスパーでもない。限界を超えないために、自発的に助けを求めなさい。休業するメンバーがいるということは、休める環境があるということだと、忘れないように」

病院の先生や運営スタッフさん達と相談して、全国ツアーの後、一月程の夏休みを取ることになった。
〇〇さんは出来るなら今すぐにでも休んでほしいみたいだったけど、きちんと休みを取る、相談する、今の私の身の丈にあったわがまま、色々私なりに言葉を尽くして納得してもらった。

休みの間はとにかくゆっくりと過ごした。
アニメを見たり、漫画を読んだり、絵を描いたり、
乃木坂のみんなが出るテレビをみると、少しさみしくもなったりしたけど、みんなが、ちょくちょく連絡をくれたり、遊びに連れ出してくれた。
身体もそうだけど、精神的にも焦っていたんだなって、そういう日々を過ごすことで自覚できた気がする。

〜〜〜〜〜〜〜〜


〇〇:「ついに来ちゃったな。カッキにも」

そして、山下美月さんの卒業。
この人の存在はあまりに大きくて。
この人のいない乃木坂がいつの間にか想像できなくなってて。

〇〇:「色んなものもらったね」

キラキラする美月さんを見て、
ドキドキして、ワクワクして、
自分もそこに立ってみたいって思って、乃木坂に入った。
わかってたつもりだった、いずれはみんな卒業して、新しい世界に飛び出していく。それはいつか必ず来る時間だって。
けど、本当の意味で理解できていなかったのかもしれない。
先輩の卒業、同期の卒業、後輩の卒業。
そして憧れの卒業。
それぞれに同じ卒業でも、少しずつ、違う。

賀喜:「まだ、なにも返せてない…」

強くて、可愛くて、ストイックで、大好きなアイドル。沢山お世話になったのに。

〇〇:「本当に? 任せて大丈夫だ。そう思われたんじゃないか?」

美月さんが乃木坂のこと大事に思っているのはわかる。だから、彼女が卒業を決めたのは、自分が卒業しても大丈夫だって、そう感じたから?
残るメンバーに任せても、大丈夫だから?

〇〇:「ここではいくら泣いても、いくら弱音も吐いていい。けど、アイドル山下美月を見れる時間は限られてる。それを滲んだ視界でみるのはいくらなんでも勿体なすぎる。…焼き付けなきゃ。最後まで」

山下『私はグループから卒業するけど、どう?乃木坂頑張れそう?』

卒業を決めた美月さんから、そう言われた。
でもその時、私は頑張り方が、前の向き方がわからなくってしまって、何もいえなかった。

今もずっと後悔してる。

私に出来る恩返しは、美月さんが卒業したことを後悔させないこと。私がいつか卒業するその時、任せて大丈夫だって思える後輩達をもつこと。

賀喜:「…うん。見届けたい。最後まで」

ならまずは、アイドルの美月さんを最後まで見逃さないようにしなきゃ。最後の最後まで。

〇〇:「山さんも言ってたよ。今を見てって。未来のこと気にしてくれるのは嬉しいけど、今を見てって。後悔はさせないからって」
賀喜「美月さんっぽい笑」

強い人だから。
ストイックで、努力の人で、相応の努力からくる自信が、かっこいい人。
憧れて、そんな強い人になりたくて、でも私には出来なかった。
でもそれでいいんだ。
あの人にはなれないから、あの人みたいになれない部分を、自分なりの個性で補っていけばいいって、教えてもらったから。

ただ、気になることがあって。

賀喜「え…、いつ美月さんと話したの?」
〇〇「ん?…えーと前回か前々回の乃木中の収録終了後?」
賀喜「…だったらたぶん私もいたよね?なんで声かけてくれなかったの…?」
〇〇:「いやいや、収録終わってから結構経ってたから皆解散済みよ?」
賀喜:「言ってくれてたら残ったのに…」
〇〇:「いやいや、次の仕事あるでしょ」

この人は、私に自覚を持てって言ったけど、自分もちゃんと持ってほしい。貴方と会いたい、話したいって思ってる人は、貴方が思ってるより多いってこと。

賀喜:「最近乃木中の収録全然来ないし…」
〇〇:「それ、五百城に聞いたよ。カッキが俺の事説明してくれたって」
賀喜:「説明ってほどじゃ…」
〇〇:「ありがとう。持つべきものは同期だね」

ずるい言葉。
前はよく冗談めかして言ってくれた言葉。
一緒に笑うのも、一緒に泣くことも、一緒に悩むことも。同期だからね。って。

賀喜:「ねぇ…」
〇〇:「ん?」

どうして4期生のマネージャーじゃだめだったの?

賀喜「…なんでもない」
〇〇:「…そう?」
賀喜「…うん」

口にしそうになって、やめる。
そんなこと言ったって、この人を困らせるだけだから。この人が決めたわけでもないんだから。

〇〇:「山さんをしっかりお見送りして、それでもまだ泣きたい時があったら遠慮なく言いな。その時は気の済むまでとことん付き合うから」
賀喜「…約束だからね」

そう言ってもらえたら、泣くのも怖くないや。

いつもは入口で止めて、メンバーを先に降ろすけど、今日は駐車場まで乗せてくれた。

〇〇:「行けそう?」
賀喜:「大丈夫!行こ!」

もう、今ならいつだって泣く時間はある。
けど、美月さんを送り出すまでにやることがたくさんある。
一旦、泣くのは後回しにしよう。
そう思って助手席のドアに手をかけると、ふっと視界に小指が差し出される。
〇〇さんの方を見ると、彼は前を向いてこちらを見ないまま、小指をこちらに向けている。

賀喜「…笑」

恥ずかしいならしなきゃいいのに。
今日はなんだか凄く甘やかしてくれる日らしいから、私は両手でその手を握る。彼は凄く驚いた顔をしたけど、気づかないふりをした。
なんだか握手会みたいだなって思ったから、

賀喜:「応援してほしい」

今なら、これくらいのわがままも、身の丈にあってるかな?
〇〇さんはまるですぐに壊れてしまう物にでも触れるように、そっと、私の手に、自分の手を添えた。

〇〇:「…頑張れ賀喜遥香。いつもいつも、応援してる」

たった一言で、どれだけの力が湧いてくるんだろう。
ドキドキと、心臓の鼓動が、この人にも伝わってしまわないかと、不安になるくらい響いてる。
もし私に会いに来てくれる人達も、こんな気持ちになっていてくれたら、幸せだなって思う。
あまり長くこうしていると、また別の気持ちが溢れてきてしまいそうだから、自分から手を離す。

賀喜:「よし…。行こう!」

単純かもしれない。
チョロいかもしれない。
でも、なんだろう。
この無敵感。

〇〇:「…うん、行こう」

運転席から出てきた〇〇さんと並んで歩く。

〇〇:「ありがとう、カッキ」
賀喜:「…出た、急なやつ」
〇〇:「笑 4期と話してると、原点回帰っていうか、初心に帰る感じがするんだよ」

私も、貴方と会うたび、話すたび、思うことがあるよ。
やっぱりそうなんだなぁって、その度、確認する。
でも、今はまだこのわがままは身の丈にあってないと思うから。
いつかきちんと、アイドルとして納得行くまで頑張れたら。やりきった、思い残すことはない、そう思って卒業する時が来たら、

〇〇:「だから、ありがとう」
賀喜:「…どういたしまして!」

その時は、自分の気持ちに素直になろう。
大事なのは一つだけ。


I see... END

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