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#3 当たり障りのない話


△△:「はい、次は井上さんのソロカットでーす!菅原さん一旦休憩入りまーす!」


撮影とインタビューの現場。

この日は井上、菅原のペア。

この手の現場では仕事は多くない。

彼女たちのイメージにそぐわない写真になっていないか確認したり、本人たちにそれとなく気に入ったカットを聞き出して、採用してもらえるようにスタッフの方へアピールするくらいだ。


〇〇:「お疲れさま」

菅原:「ありがとうございます!」


休憩スペースにやって来た菅原へ、ペットボトルの水を手渡す。菅原はそれを受け取ると、その場に立ったまま井上の撮影を見つめている。


〇〇:「菅原、とりあえず座ったら?」

菅原:「あっ…はい。そうですね」


促されるまま椅子に座るのものの、落ち着かないようで、ソワソワとしている。


〇〇:「今はリラックスしていい時間」

菅原:「はい…」


つい先日35thシングルの選抜発表が行われた。今作は山下美月の卒業シングルであり、彼女の門出を祝うように、同期の3期生が全員選抜入りすることとなった。

当然その分、選抜入り出来ない子達も出てくる。菅原もその一人だ。


菅原:「その…なんかじっとしてられないっていうか…。その…」

〇〇:「うん」

菅原:「頭では分かってるんです…。今の自分は選抜が約束されるような存在じゃないし、アンダーでの経験が成長に繋がるのはアルノを見てて、すごくよく分かるから…」


中西は34thアンダーライブで座長をつとめ、その存在感を遺憾なく発揮したと思う。

特にライブ終盤の彼女のMCは、大きな反響を呼び、いくつものネットニュースに取り上げられた。


菅原:「だから、本当に楽しみなんです。アンダーでしか見れない景色があって、出来ない経験があるって…」


それでも。

選抜入りした同期がいる。

選抜入り出来なかった自分がいる。

それが現状で、現実で。


ここで生きていく以上、格差はいつだって付きまとう。

実力差、人気差。

求められる役割の差。

与えられるチャンスの差。


〇〇:「普段は考えもしないことも、時々メンタルがガクッと落ちてる時とか、ちょっと躓いた時に思っちゃったりするんだよな。

美月さんを同期の皆で見送れるなんて素晴らしいな。そこに5期生から選ばれる子がいるなんて誇らしいなってその時は本気で思ったはずなんだけど、ふとした時にそれを信じられなくなったりするんだ」


そういう時、陥りがちな思考。


〇〇:「あの子と自分と何が違うのかな、とか。自分じゃだめなのかな、とか。おめでとうって、本当に心から思えてるのかな、とか。

けどそれは菅原が弱いからだとか、努力が足りてないからだとか、性格が悪いからとかじゃなくて。どんな人でも、そう思っちゃう瞬間はあるんだよ」


どれだけの才能や努力、機会や立場に恵まれていても、そういう瞬間は別け隔てなく襲ってくるものだ。


〇〇:「そういう時、つい自分を責めちゃうんだよ。それが1番楽だから」

菅原:「楽だから…ですか?」

〇〇:「うん。理想は環境を変えることだよね。そもそも選抜入りしてたら、とか」


言ってて変な笑いが出そうになる。


〇〇:「でもそんな難しいことってある?」

菅原:「…だから楽…ですか」

〇〇:「うん、だからみんなそこに思考が行っちゃいがちだよね」


自分が我慢さえすれば波風立たずに、

労力もいらずにやり過ごせるかもしれない。

でもそれば一時の対処法に過ぎない。これからもやってくるかもしれないその瞬間をいつまで我慢でやり過ごせるだろうか。


〇〇:「変化起こすってすごく大変だけど、ここで戦っていくには絶対に必要なことだと思う。特に自分自身を変えるってことが。成長とか進化とか、言い方は色々あるけれど」


再び菅原は視線を井上に向ける。


菅原:「…最近、本当に和がキラキラしてて。すごいなぁ…って思うんです」


センターを経験して、井上はひと周りもふた周りも成長したと思う。

負けず嫌いも卑屈さも、認めて、受け入れて。

どこか落ち着きというか、堂々としていて、焦りに急かされること無く、自分なりのペースのようなものを掴みつつある。

それはいつか経験を経ることで、風格とでも言うべきものに昇華されるだろう。


菅原:「たくさん刺激もらって。いいなぁ、素敵だなぁって思って。でもこのままだと置いてかれるんじゃないかって」

〇〇:「菅原は特に井上の隣りにいることが多かったからなぁ。より強くそう感じるのかもしれないな」


多くの媒体で、5期生が集合するカットでは井上の隣に菅原が立つ場面が多い。

そうやって近くで輝く存在がいると、そのおかげで気づくこともあれば、見落としてしまうこともある。


〇〇:「すごいよな。菅原」

菅原:「えっ、なんですか急に」

〇〇:「中西や井上、もちろん他の5期生のこと、よく見てくれてるんだよな。

だからこそ、その子達の変化に色々感じることがあるんじゃないか?」


5期生の中でも菅原は年少組にあたる。

それでも進行役やまとめ役を任されることが多い。それはおそらく、彼女の周りを見る力を買われてのことだと思う。


〇〇:「それは加入する前からずっとそうだった?もしそうなら、それは素晴らしい才能だと思うけど、俺は菅原がアイドルとしてみんなと過ごすうちに培った力なんじゃないかって思ってる。それは紛れもなく成長だよ」


人をよく見ているから、自分のことになかなか目がいかない。


〇〇:「そうやって菅原が見ててくれて、寄り添ってくれてみんな助かってると思う。もちろん俺も」


損な役回りかもしれない。

リーダーとかキャプテンとか、まとめ役は求められることも多い。気を張って行動するうちに可愛げないと思われることもあるだろう。


〇〇:「だから、出来れば菅原にはこれからもみんなに寄り添っていてほしい。それで悩むこともあると思うけど、そういう時は俺達大人に頼ってほしい」


それでもこのグループを率いてきたキャプテン達は、みんなを牽引するというより、寄り添い支えてあげる人達で、頼れる存在であるもののどこか抜けた部分が可愛げとして映る人達だと思う。だから菅原もこのグループでそういう存在に成長していくんじゃないだろうか。

もちろん、まだまだ可能性は無限にあって、今後も菅原がそういう役割を任せ続けられるかはわからないし、井上との関係性も変化していくと思う。

悲しくなるほどの格差に苦しむかもしれない。

切磋琢磨して成長するWセンター。

絶対的なエースとキャプテン。

そういう可能性だってある。


〇〇:「今の葛藤も、不安も、きっと変化の兆しで、それを乗り越えれば成長に繋がると思う。井上もそうやって成長したし、これから他のメンバーにもそういう時期があると思う。その時、それを経験した仲間が一緒にいてくれたらすごく助かると思う」


活動年数が増えるにつれて、変化は少しずつ進むものの、劇的な変化は少なくなっていく。

もし5期生内でも選抜とアンダーの入れ替わりが少なくなり、選抜常連、アンダー常連のような形ができてしまえばそこに見えない隔たりが生まれてしまうかもしれない。

でもそこにどちらの気持ちにも寄り添える人がいれば、その隔たりも関係なく、すぐ手を取り合えるはずだ。


〇〇:「今回のシングルでは、アンダーでみんながどんな事を考えて、どんなことを思って、どんなことを頑張っているのかを知って、体感してきてほしい。そうすれば菅原はどっちの気持ちもわかって、支えられる人になれるから」

菅原:「……」


菅原は少し考えたあと、ゆっくりと机に突っ伏した。張り詰めた雰囲気も少しは和らいだろうか。


菅原:「あの…」

〇〇:「はい?」


突っ伏したまま視線をこちらに向ける菅原。


菅原:「なにか具体的に私の成長を感じた時ってありますか…?」


ちょっとした承認欲求というか、頼ることの練習みたいなものなのかもしれない。


〇〇:「そうだなぁ。最初からMC力はあるなと思ってたんだけど、最近は特に裏回しの力も付いてきたよね。周りの動きに合わせて立ち回りに変化つけられるのは強いよ。周りの強みを生かして全体を盛り上げるとか司令塔みたいな動きまでできてる」

菅原「…なんか恥ずかしくなってきましま」

〇〇:「聞いといて恥ずかしがるのやめて」


少しは自己肯定感が上がるといいけれど。


△△:「はい、井上さんソロカットOKです!菅原さんスタンバイお願いします!」

菅原:「はい!」 


菅原はすぐに立ち上がり、スタジオの中心へ歩き出す。


〇〇:「出来るよ。菅原は」


その声を受けて菅原が浮かべた、認められて嬉しいような、褒められて恥ずかしいような、大変なことを頼まれた苦笑いのような表情はきっとこれから何度も思い出すだろう。


菅原:「和!」

井上:「はい?」


休憩スペースへと歩いてきた井上に、菅原は両の手のひらを向ける。

戸惑いつつ井上も手を伸ばす。

ハイタッチ。


菅原:「よろしくお願いします!」 


スタジオの中心へ戻った菅原は元気に挨拶。

スタッフの方々も自然と笑顔になる。


井上:「さっちゃん元気…」

〇〇:「お疲れ」

井上:「あっ、ありがとうございます」


井上に水を渡しながら、並んで菅原の撮影を眺める。


井上:「何の話してたんですか?」

〇〇:「うーん…そうだなぁ」


少しだけ悩んで、こう答えることにした。


〇〇:「当たり障りのない話、かな」



当たり障りのない話 END

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