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#4 今、話したい誰かがいる


〇〇:「お疲れさます」
山下:「わっ、久しぶりじゃん!」

乃木坂工事中収録スタジオ。
とは言っても、すでに収録終了から少し時間が立ち、絶賛片付け中である。
収録に参加したメンバーもほぼすでに解散済み。しかし彼女はまだ残っているということだったので、合間の空き時間を利用して急いでやって来た。

〇〇:「いや、言っても年末には会ってるでしょ」
山下:「前はそれこそ毎日レベルで顔合わせてたんだから1ヶ月以上空いたら久しぶりに感じるって〜」

4期生の加入とほぼ時を同じくして、この会社に入った俺は、5期生の加入で彼女らに帯同するマネージャーになるまで、それこそあらゆる乃木坂の現場に顔を出して勉強した。
そういう時、これからの乃木坂を牽引する存在となるべく奮闘する3期生の姿は、俺や4期生にこの輝かしい世界で走り出すための決意を新たにするに十分な気概を放っていた。
歳こそ下でも、彼女らには尊敬する先輩として、敬意を払わせてもらっている。

山下:「珍しいじゃん。でもみんなもう帰っちゃったよ」
〇〇:「いや、今日は山さんまだいるって聞いたから」
山下:「え〜なに〜告白されちゃう!?」

両の手を頬に当てる、THEあざとポーズを決めながらにっこり。

〇〇:「山さんのそういうとこホント尊敬するけどホント苦手だわ〜」

こればかりははっきり言葉に発しておく。

山下:「ひどーい笑」

まるっきり傷つきもしてない声色で笑う。

〇〇:「…今でしたか?」
山下:「…そろそろかな。からの今。かな」

今回の35thシングルの活動を持って、彼女は乃木坂46を卒業する。
それを聞いて居ても立っても居られなくなったのは、きっと俺だけじゃないだろう。

山下:「あれ、もしかして心配して来てくれた?」

こちらの顔を覗き込むように見上げながら、彼女は只々、まっすぐにこちらをみつめる。

〇〇:「いや、正直山さんのことはあんま心配してないす」
山下:「そこはしてよ笑」
〇〇:「いやぁ、山下美月が越えれない壁は俺の手には余りますよ。俺如きが心配してもねぇ…」
山下:「すごい評価してくれるじゃん笑」
〇〇:「…俺がこの世界に来た時には、既に山下美月は天才的なアイドル様でしたよ」
山下:「笑」

全くアイドルというものを知らなかった俺は仕事の合間にとにかく色々なアイドルの映像を見漁った。そうやって勉強する内、自分なりに気づいたことがある。
時折、人気を集めるアイドルの中には“握手会の女王”と呼ばれたり、“釣り師”と呼ばれたり、“プロ”と呼ばれる人達がいる。
彼女らは皆、人の心にするりと入るのがうまいのだ。気づくとすっと近くにいて、微笑んでいて、皆心奪われている。
そして、彼女達はみな等しく、自身の中に明確な“理想のアイドル”を持っているのだと思う。
その理想を体現するために、彼女達は一切の妥協をしない。ストイックに直向きに、そうであるための努力を惜しまない。
自分の中に漠然とあった、ただ可愛さで世を渡るアイドルのイメージを粉々に打ち砕いてくれたのも、自分の中に、新たな“アイドル”を作り上げてくれたのも、この人なのだ。

〇〇:「どっちかというと、残る側が心配だったり…」
山下:「そこを支えるのが〇〇の仕事でしょ〜が」
〇〇:「おっしゃるとおり過ぎてぐうの音も出ませんわ」

まだまだ絶賛努力中の身でして。

〇〇:「結構よく言ったんですよ。自分の方向性に悩む時、アイドルとしてどうあるべきか悩む時は、山下美月を見ればいいって」

アイドルに詳しくない自分は、メンバーひとりひとりに的確な正解を与えることはできない。

〇〇:「絶対に誰も山下美月そのものにはなれないから、その真似できない部分を、自分なりに補う方法を考えなさいって。そうすればそこから滲み出るものが、はみ出てくるものが、貴方がアイドルとして戦うための個性になるって」

でも、すぐそこにいた。
お手本として、見習うべき人として。
そこにアイドル山下美月がいたから。

〇〇:「でももう直、そういった時、そこにアイドル山下美月はもういないんだなって…」
山下:「…さみしくなっちゃった?」

そう言いながら覗き込んでくる顔は、それまでのコロコロと楽しげな人懐こい笑顔から、どこか慈愛めいたものすら感じさせる優しい笑顔に変わっていて、俺は込み上がってくる言葉に出来ないなにかから目を逸らすようにそっぽを向いた。

〇〇:「…俺の話はしてませ〜ん」
山下:「笑」
〇〇:「…山さんで唯一、心配なことを強いて言うなら、スゴすぎて辛いときや苦しいときに周りが気づいてあげられないかもしれないってことくらいです」

アイドルを体現するために直向きなこの人の姿に俺達は助けられてる。じゃあ彼女が助けを必要とする時は?
これまでは先輩や同期が直ぐ側にいたけど、これからはそうは行かない。

〇〇:「…卒業後、ちょっと休むって聞いて少し安心しましたけど、ホントにきつい時はちゃんと周りに頼ってくださいね」
山下「おー、じゃあ〇〇にも甘えちゃおうかな〜」
〇〇:「ほんっとそういうとこ!」
山下:「笑」

一時の休息を経て、この人が最終的にどのような選択を取るかはまだわからない。
業界に戻り、華々しい活躍をするかもしれない。
穏やかな日々に新しい幸せを見出すかもしれない。
ただ、どちらにしても

〇〇:「応援してます。アイドルじゃない山下美月も」
山下:「…ありがと」

ポケットの中でスマホが震える。

〇〇:「おっと、そろそろ行きます」
山下:「私もそろそろ行こうかな〜」
〇〇:「次、何処ですか?良かったら乗せてきますよ」
山下:「おっ、早速甘えちゃおうかな〜」
〇〇:「はいはい笑」 

スタジオの入り口へ向かって歩きだすと、すぐに後ろの足音が止まったことに気づく。
振り向くと彼女がスタジオのセットを眺める後ろ姿が目に入る。
声を掛けるか悩んでいると、

山下:「…もう何度来たかわからない場所だけど、後何度来れるかなって思うと離れづらくなっちゃうもんだね…」

じわりと視界が滲みそうになって、思わず天井を見上げてしまった。
この業界に飛び込んでから自分の涙腺の弱さに気づいたけど、それでも5期のみんなに付くようなった、ここしばらくはこういうことはなかったと思う。
一緒に涙することも悪くないかもしれないけど、それは同期のみんなが自然と付き合ってくれるだろうから、俺は落ち着いているほうがいいだろうと。
今も感情が溢れ出したところで、良いことは何も無いだろうし、静かに深呼吸して、平静を取り戻す。

山下:「ごめん、行こっか」
〇〇:「…はい」

気づかれたかどうかはわからないけれど、並んで歩き出した彼女はそのことについては何も言わなかった。

山下:「わざわざ来てくれてありがとう。〇〇とも話ししたいなって思ってたから嬉しかった」

きっと今、彼女はたくさんみんなと話をしようと努めているのだと思う。
残り少ない時間、後悔しないように、後悔させないように。
どれだけのものを残せるだろう。
どれだけのものを持っていけるだろう。
後悔はたぶん0にならないかもしれない。
けど、今後何処かで彼女が“今じゃなかったかな”と思うようなことは絶対にさせたくない。
“もう少し残っていたら良かったかな”なんて思われるような情けない姿は見せられない。
もし後悔させるなら、“こんなに楽しそうなら、もう少し居れば良かったな”だろう。

〇〇:「まだ今日が最後じゃないでしょ。まだまだ勉強させてもらいますよ。俺も、5期のみんなも」
山下:「確かに笑 5期生ちゃんともまだまだお話したいな〜」

ぐーっと伸びをして、いつもの笑顔。
彼女自身も卒業に備えて忙しくしているだろうに、それでもその合間を縫ってでも、話したい誰かが居るっていうのは、きっと幸運なことなのだと思う。
自分が努力して、魅力的になって、自分と話したいと思う人を作ることは出来るとしても、
自分が話したいと思う人が出来るかは、周りに魅力的な人が現れるかどうかだから。
そういう相手がいるということは、人に恵まれた、幸運なことなんだ。

〇〇:「いっぱい話してあげてくださいよ。きっと喜びます」
山下:「…〇〇も喜ぶ?」
〇〇:「もちろん」
山下:「そっか〜、じゃあ期待に応えていきますか〜」

ふっと、視線を外すと、こちらに話しかけるような、それでいて何処か遠くへ語るような、そんな声で彼女は続ける。

山下:「先のこと、これからのことを想ってくれるのは嬉しいし、ありがたいけど。それよりも先に“今”を見てて。“今”、歌って、踊って、笑ってる私を見てて。後悔はさせないと思うから」

視線をこちらに戻す頃には、すっかりいつものにっこりで。

山下:「まぁ〜ますます好きになっちゃって、卒業がますますさみしくなって、こんなことなら見るんじゃなかったっていう後悔はしちゃうかもしれないけど?笑」

〇〇:「ほんっと〜〜にすっごくて、怖い!」

この人と会ったのが、この仕事についてからで良かったなと心から思う。
なんの備えも覚悟もなく、この人に出会って、こんな風に振る舞われたら、ずっとこの人のことばっかり考えてしまいそうだから。


〜〜〜〜〜


山下:「あっ、そういえば」

駐車場に着いて、後部座席に座ってもらい、自分も運転席に収まろうかと言う時、ふと思い出したように彼女は話しだした。

〇〇:「はい?」
山下:「もう5期生ちゃん達の写真集ってちゃんと見たの?」

ギッ、と音でもしそうなほど露骨に体の動きが強張ったが、なんとか運転席に座る。

山下:「やっぱまだ見てないんだ〜。そういうとこ変わんないね〜笑」
〇〇:「これはもう何年経っても克服できないかも…」

お恥ずかしい話だが、どうもそういうものを見たとき、その後本人とどういう顔して会えばいいのがわからなくなりそうなのだ。

山下:「え〜、じゃあ私達のもまだ見てないの?」
〇〇:「3.4.5期生のは一生見れないかも…。あ、でも梅さんの美しくありたいは読みました」
山下:「それはちゃんと読むんだ笑」

発売日に買って、その日のうちに読んで、
後日ご本人から献本していただいたけど、それにはサイン頂いて、保存用として本棚にしまってあるけどそれは黙っておこう。

〇〇:「まぁそこはね…。はい、出発しますよ」
山下:「はーい。…でもみんな感想気になってると思うよ」
〇〇:「それはもうカッキとサクの時に嫌というほど実感しました…」

賀喜遥香、遠藤さくらは4期生。
彼女らと同じぐらいのタイミングで業界入りした俺にとってはある意味同期とも言える子達。
今となってはすっかり人気メンバーである彼女達なので、それぞれソロでの写真集も出版済み。

山下:「一時すごかったね。言葉には出さないけど、感想どう?うまくやれてた?変じゃなかった?って顔に書いてた」
〇〇:「目は口ほどに物を言うってこのことだなって思いましたね」

どちらも程度の差や、発露具合に差はあれど、自分に自信が持ちづらいタイプで、いくら言葉にして伝えても不安や心配が勝ってしまいがちな子達。
出来が気になるとはいえ、直接面と向かって感想を聞けるほど強くはなかったんだろうなと思う。

〇〇:「いやぁ、見ても罪悪感、見なくても罪悪感という八方塞がり」
山下:「なかなかメンバーやファンの人達以外から感想聞ける機会がないからね〜。1番身近でメンバーでもファンでもない〇〇の意見が気なったんじゃないかな」
〇〇:「確かに…」

悪い事したなぁ。

山下:「5期生ちゃんも、もしかしたらそう思ってるかもしれないよ?現場には同行してたんでしょ?なら内容はもう見たようなもんじゃん」
〇〇:「そうですねぇ…、ただあの時は仕事モードっていうか…」
山下:「頑張れ男の子」
〇〇:「…この歳でこんな悩みが出てくることになるとは思わなかったなぁ」
山下:「あ、私も4月に2冊目出すからそれでデビューする?笑」
〇〇:「うんともすんとも言いづらいなー!」
山下:「笑」


今、話したい誰かがいる END…

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