ワタシと小さなあの子の物語⑤いい子なんてちっともいいことじゃない
小学2年生の時いきなり気がついてしまった。
ああ、いい子にしてれば可愛がってもらえるんだということを。
なんだそうだったのかじゃあその路線でいってやろうじゃないかと若干7歳で人生の指針を決めてしまい、のちに大変なことになってしまうのだけど
それはいったん置いておいて
みなさんはいい子といったらどんな子を思い浮かべるだろうか?
決まりを守る子?
お手伝いをする子?
いうことを素直に聞く子?
上記はワタシのイメージだけれど、書いてみて思うのがこれは大人にとって都合のいい子ってやつですね。
とにかく危ないことをしないで勉強もお手伝いもするという
つまり安心させてくれる子がいい子の定義になっている気がする。
同じくいい人というのもなんだかこちらのお願いを聞いてくれる都合のいい人という感じがする。
そして生きるためだったとはいえ、いい子になろうなんてのは
大人の望みを先読みして行動していくだけのつまらない人間になろうとすることで、中身のない人生になってしまうんだということを当時は気がつくわけもなく・・・・・・
とにかく愛されたくてその日からいいい子をやってきたワタシです。
文句は言わないし言うことは聞くしお世辞だってお手のもの。しかも天の神様が見ていると教えられてきたものだから周りの目がないところでも善行を後で気づくようにちょっとアピールする術とか我ながら完璧だったんじゃなかろうか(ははは)
これは始めのころは効果があって、モモちゃんは本当にいい子になったとほめられて満足だったけれど、時がたつと慣れてしまうんでしょうね。
まあいい子=都合のいい子なのだからあっという間にそれが当たり前になってしまって、いい子なんだから放っておいても大丈夫となり、反抗路線だった兄の方に母の関心はうつってしまった。
まあ反抗するだけの勇気がワタシにはなかったのだから仕方ない。
それでもいったんとってしまった路線を変更するわけにもいかずに長年続けてしまったこの路線を終わらせることができたのはなんと40過ぎ。
あの日天啓のように降りてきた
いい子でいれば愛してもらえる
がここまで呪いになるんだからいい子なんてのは本当にろくなもんじゃない。
というわけでうちは
ににくんがわりと優しいというかお願いを良く聞いてくれるわけなんですけど
なんかそのたびにぞわぞわしてしまうワタシがいる。
いやいいのよ?そんなもっと泣いて暴れて嫌だと言ってくれてかまわないのよ?
そしてべちくんがゲームに負けて泣いて暴れてのたうち回ってるのを見るとげんなりしながらも心のどこかで思う。
いい子路線じゃないんだから、良かったわ、と。
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