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勉強ができないことはもうそんなに重要じゃない

へんな夢を見た。
焼き肉屋かどこかで家族で会食していると、なぜだかそこに学校の先生が乗り込んできて、

長男くんの学習の進み具合は・・・
などと資料を広げて説明しだすというものです。

席には両親がいて兄弟がいて長男もいる。
なのになぜか夫さんが別の人になっている(離婚設定?)
そして

なんのこと?というけげんな目で見てくるのだった。

先生が広げるプリントは一年生の漢字ばかりで
ワタシはあわてて資料をぐるりと丸め、ファイルに押し込もうとするもうまくいかず四苦八苦するのを母が

大丈夫かと手をのばし

ワタシはますますあわててごまかすというなんともいえないところで目が覚めた。

ああやれやれ。

両親は長男くんの学習障害を知らない。たぶん発達障がいという知識もあまりないんじゃないだろうか。

彼がオルタナティブスクールへ転入したのも、少人数でアットホームな学校が繊細で優しい長男に合っているからと思っているし、まあ半分はそうなので学習障害のことについては説明していない。

以前は知られるのが恐怖だったのです。
母はかつていわゆる教育ママというやつで、成績と有名大学がすべてで、それに対して必死で努力したワタシよりも遊んでばかりの弟の方が頭がよかったという事実にワタクシ劣等感を抱えていた時期もありました。

だから長男の学習障害が知れたらどんなに騒がれ悲観され
努力すればなんとかなるんじゃないかと色々な学習法を持って来るだろうと身構えていたのです。

でも最近ちょっとワタシの考えが変わってきたというか、前述の夢の件でも、
知られるのが怖いというより、
心配かけたらかわいそうという気持ちがしたのです。

だって彼らの人生色々あったんですもの。
へんな宗教にひっかかったりしてきたんですもの。

老後ぐらいは心安く生きてもらいたいかなと。

漢字が書けなくても計算が苦手でも
今は色々補うものがありますし、長男の将来についてワタシはあまり心配しておらず、まあ大丈夫でしょう、といつのまにか思えるようになりました。

いつか両親がこの世を去った時、
天国から

あら、そんなことだったの、話してくれればよかったのに水くさい、と言われたら

いや話すこともなかったというか、心配させたくなかったしね、と返事できればそれでいいんじゃないかしら。

だから夢の中のワタシのあわてぶりに対し

大丈夫?と手をのばす母の能天気な声に

なんとも救われたような気がした夏休み早朝。

ラジオ体操がんばります。







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