島本理生さんの「夏の裁断」を読みました。

ある時、ある場面において、誰しも連続的な選択を迫られる。
過去の出来事、未来の展望、そこに人への想いや、自分の希望などを織り込むと、各種のジレンマを生成しながら、決断をしなければならない。

過去のトラウマや、過大な展望・希望は、消極的な結論や分不相応な結論として帰結する。
悩み事や不満が多ければ、判断を狂わせる。

ことに人間関係の過去の傷は、苦しみを最も長く維持する。
悩んでも、努力しても、自分ではどうしようもない時、人はどうすればいいのか?

よく言われることだが、一つの恋を終わらせ忘れたいとき、新たな恋をすると良い・・・みたいなこと。
恋はするものか?落ちるものか?はさておき、苦しい出来事は、別の出来事で上書きされるということは、往々にしてあるのではなかろうか?

漠然と、さも簡単そうに書いてるが、実際の煩悶は複雑な感情を呼び起こし、行動は紆余曲折の道をたどる。
最近女子にも使われる「男前」という言葉、もともと男子に使われる「女々しい」、どれも、感情の一端の帰結であって、感情の動き全体を表してはいない。

願わくは、なるべくフラットな心持で生きたいものである。
喜怒哀楽は愛おしいが、もう長い間、感情の起伏に恐れをなしている自分がいる。
まあ、僕のフラットは超低空飛行なので、ちょっとした喜怒哀楽でもダメージが大きいということに、その恐れの根本があるのだが・・・。

今回の島本さんの作品は、リアルに入り込んで、「こんな人たくさんいそう」という感じがしました。
主人公と同じではない人間関係しか持ち合わせていなくても、よくよく共感できる作品でした。

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