『美容院に置かれているiPadに触れられない話』
20240407
タイトルにある「触れられない」という言葉は、その言葉の意味の通りに物理的にさわることができないということでもあり、話題にできないという意味の「触れられない」でもある。
髪の毛にあまりこだわりがないくせに、美容院に通っている。
小学生高学年か中学生の頃からずっと同じ美容院に通っており、担当者の指名をすることなく、毎回あまり知らない人に切り続けてもらっている。
担当者の指名をしないからか同じ店でもカットをしてくれる人はわりと毎回違ったりするから、髪型もなんとなく変わっていたりするけれど、特にこだわりもないため、いつも同じ料金で前回と少し違う髪型で店を後にしている。
何の変哲もないその美容院だが、数年前から席に案内してくれる際に、雑誌を持ってきてくれるのではなく、iPadが置かれるようになった。かつては、サッカーが好きな僕に合わせてスポーツ雑誌のNumberとかを置いてくれていたのだが、紙の読み物は店から姿を消し、iPadに変更されていた。
いつから雑誌ではなくiPadに変更されたか定かではないのだが、僕はそのiPadに触れたことがない。
雑誌であれば手に取ってパッと開くだけで、リラックスできる態勢が整うのだけれど、iPadはどうにも開くのに勇気がいる。カバーを開いて、ホーム画面が映しだされて指で画面を何回かタッチする必要があることは明白だ。なぜさわることができないかというと、本当に自分が使ってよいものなのか確信を持てていないためである。
そもそも、本当にお客さん用に準備されているものなのかもよくわからない。
雑誌からiPadに切り替わったその時期に美容師さんに聞くことができればよかったのだけれど、そのタイミングがいつかもわからないまま今まで髪を切り続けてもらってきてしまった。おそらくコロナ禍になってiPadに変更されたのだと推測しているが、iPadで何が見られるのかさえわからない。
雑誌のウェブ版なのか動画が見れたりするのか、本当に一切わからないのだが、今このタイミングで、「すみません、このiPadって自由に使えるんですか?」と聞いたりしたら、絶対に、「え、今更?」と思われることは間違いないし、「あ、それはお店のものなので触らないでください」と言われてしまう可能性もゼロではない。
僕はもうあの美容院のiPadが怖い。サブスクで番組や映画が見放題の可能性もあれば、開いたらどこか別の世界に迷い込んでしまう扉とつながっているのかもしれない。
iPadの謎を勝手に背負い込んで、今でもその美容院に通っているのだが、先日行った時、僕が案内された席には何もないまっさらな平面が広がっていた。
少し悲しいのだけれど、多分、全くiPadを開かない客として、僕という存在は店全体に周知されてしまったのだと思う。その美容院が保管している僕の情報メモか何かに、「iPadを一切触らないため準備しなくてよい」と記載されてしまっている可能性が十分ある。
なんとなく気になったまま、iPadについて美容師さんに聞かずに、ただ美容師さんの話を一方的に聞きながら髪を切ってもらっていた時間を過ごしてきた自分が悪い。
ただ、最近最寄り駅のあたりに知り合いが多く住んでいることが発覚したため、誰かにこの美容院に髪を切りに行ってもらって、iPadの存在について確認してもらうという案が浮上してきている。
そのiPadの正体が分かった時には、また報告させてください。
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