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『蟻が巣をつくり始めたら春』

20240602


 大学生の頃、蟻を探すという課題が出たことがある。
 
コロナ禍ということもありオンライン授業が多い中で、その蟻を探すという課題では、自ら家の周りや公園に出向いて、蟻を見つけ、写真に収めたり観察して蟻の中でもどのような種類の蟻なのか調べるといった課題だった。

 
 しかし、その課題が出た頃は肌寒い日が続く冬であり、実際に家の周りや公園で探してみても見つからず、枯れた葉っぱやコンクリートの裏などを覗いてみても、一向に見つからなかった。
 
どうやら、蟻は寒い時期には人前には現れないらしいことがわかった。
 
その課題の提出締切までしばらく探したのだが、本当に蟻は一匹も見つからなかった。

 
 もうこれは蟻のせいにするしかない、出てこない蟻が悪いんだ、そう思うことにした。
 
 仕方なく、その課題には「蟻はどこを探しても見つかりませんでした」と書いて提出したのだが、教授からは、「本当に探したのか、蟻はどの季節でもちゃんと探せばどこかにいるはずだ」といった趣旨の返答が返ってきて、少し苛立ちを覚えた。いくら大学の課題とはいえ、無理難題が過ぎていたと思う。
 

 
 その課題以降、家を出て街に出かけるときは、なんとなく下を向いて蟻を探すようになった。

なぜ、あの時期は蟻がいないのにあんな課題が出されたのか、そんなことを思いながら下を向いて歩き続けていると、春先にかけて暖かくなった頃、途端にアスファルトの境目に穴ができて、黒々とした蟻が溌剌と巣をつくり続け、干からびたミミズを巣の中に運び込んでいるところを目にした。


 
 これが春だと思った。

桜が咲いているとか過ごしやすい気温になったとか花粉症になり始めたとかもそうだけれど、蟻がアスファルトの境目に巣をつくり始めたら、もう春だ。
 
またひとつ、季節の感じ方を教えてくれた大学の課題と蟻に感謝したい。



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